12
閲覧、ブクマありがとうございます。
一章の本編はこれにて終了となりますが、この後に二つ番外編が続きます。
12.
転生というのは、サブカルチャーがとても発展していた前世の世界の一部では、よくある出来事だったようだ。そうならそうと、自称神様もそこら辺の事情をちゃんと教えてくれたら良かったのに、なんて思えてならない。
あの後、どうなったかというと。
僕とアルミネラは、フェルメールの宣言通りにコルネリオ様とフェルメールによって、こってり一時間ばかりお説教をされた上、一週間の自宅療養という名の自宅謹慎処分を受けて屋敷へ戻れば、相も変わらず無表情な父上に淡々とした口調で遠回しに叱られた。
なんというか、気分は前世でいう所のライン生産方式で回されていく製品のよう。
フェルメールなんかは、まだ良かったんだ。本気で心配したし怒ってるんだぞ、って顔をしてくれていたから。ああ、色々と悪かったなぁって素直に反省出来たもの。
――が。
残りの文官組が頂けない。
どうして、あんなおっかない人たちばかりなのか。
コルネリオ様は、そりゃあもう穏やかで優しい口調だけど、言葉には毒がきっちり含まれていたし。最終的に次はない、というような警告まで頂いてしまった。……恐ろしい。
そして、更に何とも言えない恐怖を味わったのが、その上司である父上で。
昔は、僕の限界突破を超えてしまい、処理出来ないレベルのいたずらが両親にバレたアルミネラが怒られているのを隣りで見ていただけだったけど、実際身を以てしてみてよく分かった。
ミュールズ国の宰相を怒らせるべきではない。なんて事をよく言われるらしいと母上から冗談まがいに聞かされたけど、あれ……本当だったからね?
コルネリオ様の毒が、まだ優しく感じるぐらいだったから。
そりゃあ、父上に大切にされているんだなぁとは感じたけれど。
けど、まさかあの口調のまま、オブラートに包んだ短絡的行動への批判と断罪、それに各自の欠点に改善すべき点を纏めた話を延々とされるとは思いもしていなかった。はっきりいえば、どれだけの苦行だったか。
何でアルは、いつも父上からお説教をされているのにあんなに平気な顔して笑っていられるんだろう。分かってないって事は無いと思うけど……羨ましい。
ただ、僕たちが入れ替わっているという部分は触れられていなかったから、そこは内心ホッとしたのは事実で。コルネリオ様も報告をされていないんだなっていう驚きもあった。
まあ、あの父にはずっと隠し通す事など出来ないから、もしかしたら時間の問題なのかもしれないけれど。
そして、一週間後、何食わぬ顔でグランヴァル学院に戻ってきた僕は、やはりというか当然の如く、
婚約者殿にきっちり叱られ、最後は涙を浮かべながら怪我が無くて良かった、なんて安心されてしまった。一週間ぶりな上に、泣きそうになりながら頬を赤らめて微笑むエルフローラがあまりにも綺麗で、胸が高鳴ってしまったのはここだけの秘密である。
見た目にもしっかりしていて、世話好きのお姉さんに見えるけど、不意に彼女が僕にだけ見せてくれる年相応の微笑みは簡単に僕を魅了させてしまう。
ああ、エルはやっぱり可愛いなぁ。なんて、心の中で惚気るのはもう何回目か。
口に出して言えない僕を許して欲しい。
日本人とは、思っていてもあまり言葉にしない性質なのだ。……って、嘆いたけどそういえば、今回の事がきっかけで、お互いの素性がバレてしまった彼女は全くの正反対かもしれない。
学院に戻った初日から、いつもに増して他の生徒たちからの視線がやけに多くて挙動不審にならないように気をつけたけど。
そんな僕とはまた別の意味で注目される事になったセラフィナ嬢と、つい先日放課後に少しだけ話をする機会があった。
彼女との会話を思い出すと、少し頭が痛くなるので簡単に言ってしまえば。
やはり、彼女は僕と同じ前世の記憶を持っていて、しかも同じ日本人で、とあるニュース番組のスポーツ担当のアナウンサーだったらしい。
残念ながら、僕はその時間帯はテレビを見ていなかったのでよく知らないんだけど。一般的に女子アナは美人が多いと聞くので、彼女は前世でも相当綺麗な人だったのかもしれない。……少し無念。
ただ、彼女は仕事が何より好きだったようで、あの時は目の前で見た一本背負いがあまりにも華麗過ぎて興奮して(本人談)気が付けば無我夢中で僕のコメントを取りに行ってしまったという事だった。短剣をマイク代わりにされていたのは、ちょっと危なくて恐かったけどその根性は素晴らしい。
それから、次に聞かされた内容が最も重要な話だった。
なんと、この世界は乙女ゲームなる世界だったという事実。
しかも、そのゲームの主人公の名はセラフィナ・フェアフィールド――つまり、彼女こそがこの世界の主人公であるらしい……けど。乙女ゲームというものが、どういったものか知らないのでいまいちどんな反応をすれば良いやら分からなかった。
まあ、僕だってその話を聞かされた時は半信半疑に近かったけれど。ショックではないけど衝撃的ではある。
彼女曰く、乙女ゲームというのは一人の少女が色んな男性と恋愛をして最終的に結ばれるのだとか。
そう言われてみれば、確かに入学してから彼女の周りにはどんどん見栄えの良い男が集まってくるなぁとは思っていた。例えば、典型的なのが我が国の王子オーガスト殿下。他にも、殿下に侍っていた二人も同様で、後は新歓パーティで彼女を囲っていた貴族子弟たちや他国からの留学生もいる。
然り、乙女ゲームの世界では彼らを総称して攻略対象者なんて呼ぶらしい。
その攻略対象者の中でも、前世のセラフィナ嬢が一番お気に入りだったのが、シークレットキャラクターなる人物、双子の妹の代わりに女装して登場する『イエリオス・エーヴェリー』……つまりは、僕だったということのようで。
ああ、どうりで初対面の時から不躾にジロジロと見られていたんだなぁ、なんて。
見られ過ぎて、どうしようか真剣に悩んだあの時が懐かしい。
その後も、ちょくちょくと僕の前に現れたのもやっぱり『イエリオス』に会いたい思いでいっぱいだったと恥ずかしそうに謝られた。なんでも、前世では崇拝するほどのイエリオス推しで、彼のグッズは必ず集めていたし、果ては二次創作という妄想小説も書いていたと言っていた。そこまでぶっちゃけられても、そういうサブカルチャーには疎いから返答に詰まっちゃったけど。
ストーカーのように追いかけ回さないのなら、普通に話しかけてくれても大丈夫ですよ、と控えめに言った所、さすがは絶世の美少女というだけあって大輪の花がほころぶような嬉しそうな笑顔で頷いてくれた。ああ、良かった。本当に。
問題は、セラフィナ嬢は『イエリオス』と仲良くなりたいぐらいで、決して周りの異性を攻略するつもりはないのにどういう訳か好意を持たれて勝手に集まってこられて困っているという事か。
だから、まあ知り合った以上はもう放ってはおけないので、困った事が起きたらいつでも相談して下さいというのも付け加えておいた。
貴族社会に身を置いて十四年しか経っていないけど、ご令嬢方の中には些か面倒な性格を持っている方がいるのも事実で。もし、そんなご令嬢の婚約者が彼女を囲っている中にいるのだとすれば、当然目の敵にされるのはセラフィナ嬢だろうから。
せめて、公爵家であるエーヴェリー家のご令嬢と懇意にしているのだと周りから見られるだけでも、少なくとも貴族としての地位が低いご令嬢方には牽制になるのではないかと思いたい。僕よりも、エルフローラに相談する方が早いだろうけどね。
そんなわけで、セラフィナ嬢とはお互いに前世持ちで同じ日本人だったという事もあって、これから頑張っていこうなんてお互いに励まし合ったんだけど。
僕たち二人きりで話していたのを、アルミネラが殿下の寵愛を受けているセラフィナ嬢に苦言を呈していたとか、いやいや陰でネチネチと苛めているらしいといった噂になって流れだしたのは、その数日後の事で。
そこから、また別のトラブルに発展していく事になったのは、その時の僕はまだ知るよしもなかった。
そんな風に、再び毎日が忙しなくなる前の――自宅謹慎をしていた時のこと。
久しぶりに行った領内の屋敷。そこから少し離れた楓の木があったあの小高い山の上で、僕とアルミネラは、まだ小さな幼木に水を与えた。あの立派だった楓の木は切られてしまってけれど、切り株の横から小さな目が育っていたのだ。
僕と同じようにしゃがみ込んで、久しぶりにちゃんとレディの服に身を包んだ大変可愛らしい僕の妹が、幼い木を見つめながらニコニコしているのを微笑ましく思いながら、僕は意を決して話しかけた。
「アル、この謹慎を終えたらどうするつもり?」
「どうって?」
……分かってる癖に。
「リーレン騎士養成学校に行くのは、僕?それとも、君かい?」
「なあに、それ。イオの方こそ、分かってるでしょ」
ややムッとした表情で僕を軽く睨み付けて、アルミネラが立ち上がりながらフンと顔を逸らす。
はあ。全く、もう……強情なんだから。
「アルの口から、ちゃんと聞きたかったんだよ」
ため息を吐きながら諭す僕へと、長い白金色の髪をなびかせて振り返った彼女の蒼い瞳に意思が宿る。同じ顔であるはずなのに、妹がとてもキラキラと輝いているようで僕は静かに息を飲んだ。
「私ね、騎士になりたいんだ。コルネリオ様のような、誰にでも優しくて強くて、誇り高い高潔な人に」
「……そっか。何となくそうじゃないかなって思ってたんだ、意地悪を言ってごめん。だって、君が、まだ唯一この件に関しては謝ってくれないんだもの」
いつものいたずらだったら、絶対に最後は謝ってくれたのに。
「謝らないよ。私は、私のやりたい事をしたいから」
「けど、騎士になりたいとまではさすがに思わなかったなぁ」
あー、でも。パーティ会場でも、殿下にそう言ってたっけ。
「驚いた?」
「そりゃあ、まあね」
ここで、もっと常識がある兄だったら、自分の夢のために兄に女装を強いる妹を諫めたり説得したりするんだろうな。
――でも、僕は。
昔から、アルミネラは僕とは違って自分の欲求を満たすためならどんな事だってやってのけた。
あんな事をしてみたい、だったらこの手でやってみよう、と。
そして、必ずそれを成功させてしまうのだ。
そんな彼女が愛おしくて何より大切で、僕は今も憧れを抱いている。
「……応援するよ」
「ありがとう!」
僕が、重度のシスコンなのは自覚している。
元々、僕の身体は強くないので騎士には向いていなかった、と認めるしかないのだろう――認めたくなかったけれど。
物心が付く頃に、何度も何度も前世の記憶が蘇っては熱を出して倒れていたから、幼少期は病弱な人間だったのだ。だから、いつも走り回っているアルミネラの近くで、一人、本を読んで日々を過ごした。彼女を羨ましく思いながら。
まあ、こうなったら僕もまた別の将来を模索していくしかないかな。
例えば、父上のような文官だとか。いや、宰相とまではいかないけども。
今は、せいぜい目の前で可愛く微笑む妹をいっぱい甘やかしてあげよう。
それが、双子の僕の特権なのだから。
「ああ、でもコルネリオ様と二人きりにはならないようにね」
「え?何で?」
「何でって、そりゃあ」
あの人、絶対にアルミネラの事、狙ってるよ……なんて、簡単には言葉に出せず口をつぐむ。
僕たちの入れ替わりに気付いていたのに今まで黙っていた件といい、被疑者を倒して満身創痍になった僕をまるでおとぎ話の王子様のように助けた件といい、何か企んでいるとしか思えない。
まあ、僕も最終的には面倒になってそれに乗っかってしまったけれど。
そういえば、昔からコルネリオ様には優しくしてもらっていたし何かと目を掛けて下さっていたっけ。
あれも、思えばアルミネラの周りから包囲していこうという作戦だったのかもしれないな。
ただ、一番厄介なのはアルが王家の認める殿下の正式な婚約者であるという事だけど。
コルネリオ様なら、いつか覆しそうな気がしてならない。
はあ、とにかく厄介な人に目を付けられたものだ。
兄としては、せめて見習いの間だけは手を出さないようにお願いするしかない。
だから、許して!




