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閲覧とブクマ、そして評価をありがとうございます。

 きっと、ライアンと僕はこれからも一生気が合う事なんてないだろう。

 だって彼は、肉より魚で。にゃんこさんより犬が好きで。春より秋だし。暑さより寒さが平気。甘いより辛い方が好みらしい。ただ、僕がエルにプレゼントした羽根をモチーフにした可愛らしい髪留めをかなりべた褒めしていたので、そこだけは受け入れてあげなくもない。




 しこたま怒られた。

 それはもう、地獄の鬼でも逃げるぐらいに。って、もうこのくだりは飽きたって?僕だってそうだよ。ただ、今の僕に分かるのは、説教という行為が如何に優しい対応だったのか思い知らされたというべきだろうね。

「……えーと、ですね」

 少しだけ時は遡って。フェルメールに見つかったという事は、つまりはオーガスト様たちにも自ずと僕の居場所が知られるという事である。とまあ、大層な言い方をしたけど、要はバレたってだけの話。

 どうやら、ミルウッド卿が表敬慰問という形で聖ヴィルフ国に申請を出して、こんな辺境にある教会へ来る承認をもぎ取ってきたらしい。さすがは元凄腕の外交官。まあ、ミルウッド卿は宰相補佐となった今もそんなに変わってないけれど。あ、これ他言無用で。じゃないと、仕事を増やされちゃう。

 それに加えて、相手にも見つかってるんだから大勢で押しかけても良いじゃない精神をひっさげて、全員でおしかけられてしまったので談話室に入りきれず聖堂で話をする事になってしまった。勉強中の子供たちよ、ごめんね。天気も良い事だし、今はお外でルネッタ嬢と遊んでいてほしい。

 そんな楽しげな子供の笑い声をバックに、こちらは七対一での尋問もといお説教中。いや、ノルウェル卿が遊びたそうにウズウズしてるようだからその内飛び出していくかもしれない。あー良いなぁ。

 とまあそういう感じで、意識がない状態でレベッカさんに連れてこられた身の上だけど、この状況は本気で辛い。まあ、僕もレベッカさんに従ったので反省はしてるけど。

 それにしても、だよ。

「さすがにこれはどうかと……ね?」

 ここで冒頭に戻るわけですよ。

「確かに、今の君だと反道徳的に見えてしまってしかたないね」

「……そ、そんな事は」

 だって、ルネッタ嬢のミスでオーガスト様たちが来られるって知らされてなかったから、今日も僕は一修道女姿で過ごしてたんだもの。時間をくれるというなら、今すぐ着替えたいに決まってる。

「それに、聞いた話では女神の遣いに似てると町では評判だから、彼らに見られたら怒られてしまうかもしれないね」

「……うっ」

 それについては返す言葉も見つからない。なにせ、その信仰心によって暗殺者を撃退したぐらいだからね。

「だけど、それとこれとは話が別だから」

「……ですよね」

 今の僕の顔がどうなっているかお分かり頂けるだろうか。多分、あまりにも情けなくて笑って良いのか泣いて良いのか分からない微妙な顔つきになっていると思う。

 そんな僕の右手を両手で握りしめてきたのは、隣りに座るアルだった。

「イオに会うまでは絶対に叱りつけてやろうって思ってた。でも、今はこうして生きていてくれて、私と繋がってくれているだけで充分だよ」

「そ、そっか」

 アルの気持ちは痛いほどよく分かる。

 この間、アルが大怪我を負った際には僕も血の気が引く思いだったし、毎日でも看病してあげたいと思ったよ。でもさ、でもこれはどうかなって。

 悲壮に満ちた僕の目に映るのは、妹の言葉通り、彼女の左手と僕の右手を繋ぐ一本の細い縄。なのに、誰も気にしていない。あれ?もしかして、これが異様な状態だと思うのは僕だけだったりする?そんな、まさか。

「申し訳ありません、イエリオス様。私が至らないばかりに、貴方を苦しめていたとは」

 そこへ、僕の前に立つイヴ・キルケー様から頭を下げられた。

「……キルケー様」

 そう思うなら、僕の腰に巻かれた縄の先を掴みやすいように輪っかにするの止めませんか。まだ続くの?ねぇ、これ戻ってもまだ続けられるの?

 まさか、本当に縄を括られるとは思いもしていなかった。……っていうか、これはあまりにも酷すぎると思うんだ。しかも、礼拝で使う椅子に座らされているのは良いとして、右にはアル、左にはオーガスト様、更にそれ以外の人は僕たちを囲ってるんだよ?そりゃあ座っているから、周りに立たれると敵の攻撃も受けにくいだろうけどさ。何も、そこまでガードしなくても。


「イエリオス」


 どうしたら止めてもらえるのか真剣に考えていると、今回は何故かずっと沈黙を守っていたオーガスト様からお声が掛かった。

 そう、ここへ来てからオーガスト様だけは何故か一言も喋らなかったんだよね。もしかして、とうとう見限られてしまったのかな、なんて少しへこんでしまっていたり。

 今まで散々、オーガスト様は僕に何かあれば相談をするようにとおっしゃってくれていたもの。なのに、今回も僕は毒を盛られている事も殺されそうになっている事も言わなかった。

 オーガスト様に負担をかけたくなかったとはいえ、他国の人間に頼ってしまったんだから。

 プライドの高いオーガスト様がそれを受け入れてくれるだなんて、甘い考えは持ってない。だから、今回こそもしかして――と思えてならない。

「はい」

 ここは覚悟するべき所だ、といまだアルに手を取られた状態ながらもオーガスト様へと向き直る。

「お前――」

 ……分かってます、今回の件の処分はちゃんと身を以て受けますから。

「この間の女装といい、その姿も案外似合っているのではないか?」

「は?」

 えっと、すみません。今、なんて?それとも、僕の聞き違いかな?

「元々、お前は母君に似て中性的であるとは思っていたが、そのような恰好だと性別も誤魔化せるものなのだな。あっ、いや、俺は別にお前が女々しいと言っているのではないぞ?お前とは幼少の頃からの付き合いなのだから、中身は誠実で男らしいと理解しているからな!う、うむ」

「……は、はあ」

 怒ってないの?っていうか、僕はどういうリアクションをすれば良いの?

「ルネッタ、といったか。かの枢機卿がお前を保護して安全な場所へ移したと説明をされたが、頑としてそれ以外の事は答えなかった」

「そう、なんですか」

 僕は不安だらけだったけど、意外にもルネッタ嬢の口は堅いらしい。レベッカさんもふざけていたけど、ルネッタ嬢が情報を漏らさないという事には絶対的な信頼があったんだろうな。

「その場にいた私でも、この高圧的な態度にはイラッとしたもの。多分、あの子も何様だって思ったに違いないよ」

 いやいや、アルさん。また喧嘩に発展しそうだから、少しだけ控えて。ほら、オーガスト様がちょっとムッとしてるでしょ。宥めるの大変なんだから。

「あの枢機卿の凄い所は、自分が僕たちの信用に足らない存在だと自覚している所だよ」

「というと?」

「僕たちから信用に値する人物かどうか見定めてもらう為に、彼は他国の人間に己の身上書を書いてもらっていたんだよ」

「え?」

 身上書って。

「えっと、確か……これ。セレスティア共和国の評議員といえば、国民の信頼で成り立っている確固たる地位だからね。しかも、それが堅実で知られるウェンディ・スローレンともなれば、無碍には出来ないよ」

 そう言いながら、一枚の紙を渡される。

 ざっと目を通すと、レベッカさんについて書かれているのが分かった。……あ、やっぱり、『軽薄そうに見えるが』とか書いてある。けど、『宣教師である事を抜きにしても、慈愛に満ちた精神を持ち合わせている』なんて、ウェンディさんらしい評価だなぁ。

 それにしても、この間ウェンディさんと手紙のやり取りをしてるって話は聞いたけど。まさか、こうなる事を見越していたから書いてもらってたとかって訳じゃないよね?そう考えると、何もかもレベッカさんには見破られていそうで恐い。僕の夢を予知夢なんて言ってたけど、あの人こそ先を見通す目でも持っているんじゃ、なんて。……そんなはず、ないよね?

「イエリオスくんから見て、この内容は合ってる?」

「そうですね。悪い人ではない、と思います」

 まあ、いつもニコニコしてるし口調が軽いから怪しさがこの上ないけどね。つかみ所がないって言うと、こっちの大人組も同じだもの。

「そう、良かった。聖ヴィルフ国は宗教国家だからあまり手は出したくなかったんだよね」

 あはは、なんて笑ってますけど。それって、僕が否定したら何か仕掛けるつもりだったとか……考えたくない、考えない。うん、忘れよう!

「だが、これは良い機会だった」

 このまま話が終わるのかと思いきや、オーガスト様が更に続ける。それも、急に真面目な顔で言うものだから、ドキッとしてしまう。

「どういう事ですか?」

 周りを見れば、誰もがオーガスト様を見て――おらず、何故かまた僕に一点集中でびっくりなんですけど。……え?ほんと、何なの?

「なあ、イエリオス」

 そこへ、オーガスト様から名を呼ばれた事に戸惑わないはずはない。

「はい」

 けれども、返事はすべきだし。


「式典はまだ五日ほど残っている――が、帰国しようかと思う」


「……え?」

 あの、今なんて?

「式典に出席するという名目は果たした。だから、今の状況を鑑みて、もう帰国しても良いと判断したのだ」

「そんな」

 それって、明らかに僕の為だよね。

「これでも随分考えたのだ。それに、ミルウッド卿や他の者たちとも話し合った」

 言われて、僕を囲む全員を見れば、返事がなくとも皆がそれに同意したと分かる顔で。

「……アルも?」

 最終的に辿り着いた僕の目に映った妹も、小さくコクリと頷いた。

「そっか、……そうなんだ」

 アルにとって、僕を守る事の方がオーガスト様と話をするより大切なんだろう。それは仕方がないと思う。僕たちは血の繋がった兄妹だし大切な家族だし、アルが同じ目に遭っているのなら僕だって同じ結論に至ったはずだから。他の皆だって。

 ――だけど。


「僕は、このまま最後まで全うすべきだと思います」


 レベッカさんにも助けられ、オーガスト様や皆にも心配を掛けているけどここで逃げるべきじゃないと思うんだ。

「でも、このままだとイオは……っ!」

 ――殺されるかもしれない。アルがそう言いたいのは分かる。現に、もう数え切れないほど僕は夢の中で殺されているもの。

「俺はお前を失いたくないのだ、分かってくれ」

 悲痛な願いというより、頼み事をされているような気分。

 これほどオーガスト様に望まれる存在になれたんだって嬉しく思う、けど。

「僕に甘えないで下さい。あなたは陛下の代わりで出席しているという事をちゃんと理解していますか?国の代表とはつまり、国民の代表としてここへ来ているのです。それを蔑ろにするなどもってのほかです」

「しかし、」

 しかし、じゃない。

 僕を理由に帰国するなんて、絶対に許せない。それってただの免罪符じゃないか。なんか、腹が立ってきた。

「僕は殺されるのでしょうか?それは決定済みですか?違いますよね、未来は誰にも分かりません。仮に死ぬとしても殺されてかどうかなんて分からない。まあ、殺されるつもりなど毛頭ありませんが。僕が諦めていないのに、勝手に殺されると決めつけないで下さい」

 この間、殺されそうになった時に気が付いたんだ。


 僕の『運命』は翻弄されるようだけど、決してこんな異国では死ぬとは聞いてないって。

 だったら、僕は――――


「だがな、イオ」

「僕が、いえ、私が心から忠誠を誓ったあるじであればこそ、ご英断を」



 最期まで足掻いてやる。



 手首に巻き付いた縄とか腰に巻かれた縄があるから、頭を下げる程度しか出来なくて締まりがないけど。僕の主であるのなら、僕の忠誠は間違いじゃなかったって分かるぐらいもっと風格を備えて欲しい。

「……」

「これは一本取られてしまいましたね、殿下」

 ずっと、黙って僕たちの成り行きを見守っていてくれたミルウッド卿がにっこりと微笑む。その楽しげな表情で、僕たちをどういう風に見ていたのか何となく察してしまったけどオーガスト様の為にも突っ込まないことにした。というか、ミルウッド卿は僕が諫めるってもう分かってたんでしょ。じゃないと、そんな笑顔にならないよね?

「部下を御するのもまた上の者の定め、と陛下が常々おっしゃってますからね」

 おお、さすがは陛下をお守りする近衛兵。やっぱり、陛下の口癖は分かってるんだなぁ、と感心してたら。

「それはウィリアム様についてですが」

 キルケー様が半目になって、ノルウェル卿を一瞥する。

「あれ?そうだっけ?まあ細かい事はいいじゃん、ってことでちょっと抜けるね」

 あ、逃げた。っていうか、外で遊びたかったからこの機に乗したな。

 ほら、ディートリッヒ先輩も呆れた顔してるし。ほんと、ディートリッヒ先輩とリーンハルト先輩を育てた方とは思えない程の自由人だなぁ。

 場の空気が一気に和んだ事で、僕もようやく落ち着いた。

 僕だって今まで悩んでいたから、オーガスト様と話す事で気が晴れたって言い方は良くないけど決意出来た。後は、……宮殿に戻る前にこの縄をどうにかしたい。うん、これ僕的には割と重要案件。

「全く、……お前の頑固さにはいつも頭が下がる思いだ」

 エーヴェリー卿にそっくりだな、と言われて思わず苦笑する。そっか、僕とアルが頑固なのって父上譲りなのかな?母上も相当だと思うけど。

「お前がそう言うのなら、俺はお前の主として俺の成すべき事を成し遂げてみせる。最後まで俺についてこい、イエリオス」

 まるで、啖呵とも呼べるオーガスト様の言葉は重く、それでいて迷いなどない。

 ああ、やっぱりオーガスト様はこうでなくちゃ。

「御意にございます」


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