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僕は三度の飯よりもうたた寝するのが好きだけど、中でも冬にサラが整えてくれる羽毛布団をこよなく愛してる。あの温かさにくるまれて眠るのが幸せ過ぎてたまらない。
しこたま怒られた。
それはもう、地獄の鬼でも逃げるぐらいに。まあ、この世界に地獄という概念はないけどね。
僕があの女の子と共にいたのがだいたい二時間弱だったようで。その間、最初に探しにきたキルケー様から見つからないという報告を受けて、オーガスト様を地点に全員で捜し回ってくれたらしい。
おかげさまで、ミルウッド卿には「君には実地で理解させた方が良いみたいだね」と満面の笑みで言われて、反省文を十枚書くよう言われてしまった。くう!前世でも書いた事なんてなかったのに!今回ばかりは、僕が悪いので反論なんてしてないけど地味にショックだ。
更にオーガスト様には、今までどこをほっつき歩いてたんだ!と叱られて、いやぁちょっと殺されそうになっちゃいまして、なんてとてもじゃないけど言える雰囲気じゃなかったという言い訳だけはしておきます。軽いノリで言ったらマシかなって思ったんだー……言えなかったけど。
そりゃあね、今回みたいな大事な事を秘密にしてるから、毎回怒られる羽目になるのは自分でもよく分かってるよ?僕だってそれなりに学習能力はあるからね。あーこれ、駄目なやつだーっていうのは多少判別がついてきたもの。
でも、TPOって凄く大事だと思うんですよ。ええ。今はまだその時じゃない、みたいな。ね?
ただでさえ、『女神の恩寵』を授かってオーガスト様には心配をかけているのに、これ以上煩わせるなんて出来ないし。
――という訳で。
「聞いておりますかな?」
「……は、はい」
昨日の罰として、一番心配をかけたアルに「今日一日イオは部屋で待機ね」と厳命されて軽い拘留状態に陥っていたりします。気分はさながら犯罪者……じゃなくて。
オーガスト様はともかく、まさかミルウッド卿もそれに乗るなんて思わなかったよ!いくら体に染みこませるといっても、軟禁はどうかと思うなぁとやんわりオブラートに包み込んで反論してみたら、腰に紐でも付けようか?とノルウェル卿まで言い出したから諦めた。何なの、大人組。結託し過ぎでしょ。とまあ、憤った所で何ら解決する訳でもないから仕方ないしどうしようもないけどさ。今回ばかりは身から出た錆だしね。
「どうやら、まだご理解頂けていないご様子ですね」
「いえ!ちゃんと、理解しています!」
そんな僕の看守ならぬ護衛役は、自ら名乗りを上げたこの方、キルケー様で。
「ほう。では、ご自分が思われる危急の事態を述べて頂けますかな?」
既にフェルメールから報告を受けていたらしく、二人きりになった途端、オーガスト様もびっくりというぐらいの態度でこんこんと説教されているわけでした。泣ける。何度もいうけど、ほんと塩顔のイケメン怒らせると恐いからね?
多分、皆に襲われた事を言わなかったから、こうして護衛を買ってくれたんだろうけど。本当は直ぐにでも苦言を呈したかっただろうに秘密にしている以上は言えず、ずっと我慢してたんだろうなとは理解してますよ。何せ、この圧迫感が半端ないもの。恐くて顔を上げられない僕のつむじに、これでもかというほど熱い視線が注がれている気がしてならない。
「イエリオス様」
わ、分かってますよ。キルケー様のお声って、妙に気迫があって恐いんだから。
「えっと、知らない人に声を掛けられても付いていかない」
「出来ていませんな」
うわぁ、初っぱなから駄目だしされた!
「知らない場所では一人にならない」
「これは、百歩譲って貴方の落ち度ではないと認めましょう」
……うぐっ。
「勝手にウロウロしない」
「出来ていませんな」
……うう。
「あ、危ない場所には行かない」
「これも」
……くっ。
「危険だと思ったら直ぐに逃げること」
「……」
うぇ……ついに無言で首を振られるとか!
「貴方の場合、他にもあるはずですが?」
「え?」
あれ?ここはいつから取調室に変わったのかな?
前世の友人が観ていた映画でしか知らないけれど、その内『カツ丼』が運ばれてくるんでしょ?僕的には牛丼でもありだと思います。白いお米が食べたい。これ、希望。だって、何処かしらか妙に美味しそうな匂いが……って、もうすぐ昼食の時間ですか。そうですか。
「……」
「……」
「……」
くっそー!誤魔化せると思ったのに!
「…………余計な事に首を突っ込まない」
「はい、正解」
何これ。もしかしなくても、完全に見透かされてる?え?どういうこと?キルケー様とはまだ知り合って間もないんだけども。まさか、コルネリオ様から色々と聞かされてたりして……ワラエナイ。
「貴方はご自分がどういう立場の人間か、全く理解しておられない」
「そんな事は」
……ない、と思う。
国内なら、僕は現宰相イルフレッド・エーヴェリーの息子で、公爵家の跡取りで、成り行きとはいえ次期国王となられるオーガスト様の暫定的な宰相候補だと自覚している。
そして、今はミュールズ国を代表する一員としてここに居るという事も。
ちゃんと、分かってるつもりなんだけどな。
どういう顔をして良いのか分からず、苦笑するしかない僕を見てキルケー様が小さく息を吐くのが分かった。もしかして、呆れられたのかとドキッとしてしまう。なので、ついキルケー様の行動を注視してしまうわけだけど。
「……コルネリオ様と私の付き合いは、リーレンの寮で相部屋になったのがきっかけでしてね」
「……?」
うん?何故に突然、思い出話に?というか、どうして顎に手を添えられたのか分からないのですが。
「ですから、私は団長のように心酔するまでに至りませんが」
しかも、そんな切なそうな顔を見せなくたって――。
「ここまで報われていないのかと思うと、さすがに憐れになってくる」
「……っ!」
今まで、バラエティ豊かなイケメンに女の子なら喜びそうなシチュエーションで翻弄されてきたけれど、さすがに唇を撫でられたのは初めてで焦るんですけど。しかも、手つきが妙にいやらしく感じたのもあって急激に顔が熱くなる。多分、赤くなっていそう。……唐突過ぎて動けないんですが。
「一つだけ私が言える事は、コルネリオ様にとって貴方がたは己の命よりも大切になさっているという事を努々お忘れ無きようお願い申し上げます」
……命って。
「どういう意味ですか?」
「私からはもう、これ以上の事は申し上げられません」
そう言って、キルケー様の手が離れていく。
「突然、私情を挟んでしまい申し訳ありませんでした」
「あ、い、いえ、そんな」
コルネリオ様に関してはお手上げ状態だから、何かヒントの一つでも貰えたらなんて思っていたけど、そんな都合良く聞けるなんてないよね、やっぱり。
コルネリオ様がアルミネラを、いや、僕たちを大事にしてくれているというのは昔から理解してるつもりなんだけどな。そこだけは信じるというより、実感してるという方が正しいのかも。
まあ、あの人が僕たちにとって悪影響を及ぼす人物を徹底的に排除していたのは気づけなかったけれど。アルだけが気づいてたのもびっくりだったし。
僕は、知らない事が多すぎる。
そういう意味でも。
今まで、必死で守ってきたつもりが守られている事の方が多いんだから。……まだまだ、だな。
何でも分かったフリして生きてきたんじゃないかって思うと、自分が嫌になってくる。自分の不甲斐なさに自然とため息が零れ落ちた。
それに気が付いたのは、翌日の聖ヴィルフ国との会食の時だった。
ミルウッド卿が作成してくれたタイムスケジュールには本来無かったものだけど、僕とアルが『女神の恩寵』を授かったので、急遽、あちらからお誘いがけがあったのだとか。
教皇様を筆頭に十一人もの枢機卿と対面しての会食はさすがに緊張したけれど、末端の席にはネネ先生がいたので少しばかりホッとした。こういう時、相手側に一人でも顔見知りがいると安心するよね。何故だろうね。
教皇様との会話は概ねオーガスト様やミルウッド卿が受け持ってくれていたし、たまに枢機卿のお爺様がたから話しかけられるぐらい。けど、大抵は無難な雑談ばかりだからそれなりに楽しめた。
僕がそれに気付いたのは、ちょうどメインを食べた時のこと。
滅多にとれない希少種の肉だとかで、かけられたソースを口に含むと異様な味がしたのだ。
内心で驚いたものの、何食わぬ顔をしてアルを見れば余程美味しいのかウキウキしながら食べていた。その表情にも動きにも不自然さは見当たらなくて、これは僕だけなんだと理解した。そこは素直に喜ばしい。喜ばしいけど、
――まさか、異国で毒を盛られるなんて思わなかった。
ただ、これでも僕は古くから続くエーヴェリー公爵家の嫡子であり、現宰相の息子でもあるから、色々な事件に巻き込まれるのを想定して、学校へ行く数年ほど前に毒の耐性をつけられていたから特に何もおこらなかったけど。それに、たまたまこの毒には慣れていのも良かったかもしれない。
だけど本当は、直ぐにでも席を外すべきだったのだろうけど、和やかな空気を壊したくなくて我慢した。まあ、結局ほとんど残すしかなかったのが残念で申し訳なかったと思ってる。
問題は、あの毒をどのタイミングでいれたのか、で。
一番重要なのが、僕を殺そうとしている人間が意外と身近にいるということ。
もしかして、あの枢機卿たちの中にいるかもしれないと思ったらゾッとした。
常に絶え間なく笑顔で接してくれる人が、実は自分を深く憎んでいるかもしれない。そう僕に教えてくれたのは、アイスクラフト様だったなぁと思い出して苦笑する。……皮肉な事に、それが役に立ってるんだもの。
けれど、そんな事を思う余裕すらなくなるほど、どんどん異変は拡がりをみせていった。
あの会食での事をキルケー様にはそれとなく伝えておいたけど、それからも毒を盛られる事、度々。いや、もうさすがにこれ以上は無理だなと思って食事の量を減らしてもらいながらも、気をつけて食べてるけどさ。それでも、摂取量が増えていっているのは間違いなくて。
おかげさまで、この時点で悪夢と服毒に体も精神面が追いやられているというのに、何度か階段から突き落とされそうにもなっていたりしてね。いや、本当。
今の所、キルケー様に何度か助けてもらったり僕のうっかりで済んでるけれど、いつかこれバレるんじゃないのかなぁと思わなくもない。そう遠くない頃に。
でも、何気にミルウッド卿には気付かれていそう……多分。あの人は感が鋭いから。僕がオーガスト様に言うのを待っていそうな気がする。見守る優しさというより、ただ単に僕が色んな経験を積む事に重きを置いているような。だから、僕が選んだ選択肢が正しくとも間違っていてもあの人は先に諭すような事はしない。この辺、ほんと父上と思考パターンが同じなんだよね。よほど危険じゃない限り、口出ししないっていう。
幸い、ノアにさり気なく聞いたらアルには何もないようでそれは安心してる。宝石吐きも、あれからないみたいだし。
そんな訳で目が覚めた。
いや、どんな訳だとか聞かないで。悪夢を見なきゃいけない事にいまだ抵抗して寝不足だからこそ、いつの間にか眠りに入ってやっぱり悪夢を見てしまった、という悪循環を体験したところ。簡単に言うと、地獄の惨劇体験ツアー。もちろん、コンダクターは例の黒いターバンの男、その人です。ちなみに夢だから痛覚はオプションに含まれておりません。なんて、冗談を言ってる場合じゃなかった。
キン、という最近聞き慣れてきた金属同士のぶつかる音が間近に聞こえて瞼を開けると。
「遅い!」
真っ先に目に飛び込んできたのは、暗闇の中でも鋭いと分かる見慣れた切っ先。
そして、それを防ぐ短剣があり、それを持つ男にいきなり暴言を放たれたらしい。
「そ、そんな事言われても!」
言っておくけど、前世ならともかく今の僕には殺気だとか気配とか分からないからね?
「たまたま不穏な気配に気付いた俺に感謝しろよ、クソガキ」
「……っ、百歩譲って」
「チッ」
舌打ちはよくないんじゃないかな、ノアくん?そりゃあ、素直になれない僕も悪いけどさ。そんなどうでもいいことを思いながらも、剣先をはじき返すノアのタイミングと同時にベッドから這い出る。
見たところ、相手は一人だけのようで、さしずめ寝ている間に殺されていたパターンを狙ったとみえる。荷物を荒らしておけば泥棒に遭遇して殺されたって言えるものね。
「お前、自分がこういう状況だって早く教えとけよ。俺にあいつの事を聞いてきた時には気付いてたんだろ?」
おや、やっぱりバレちゃった。楽な時もあるけれど、この駄犬のそういう勘の鋭い所が好きになれない。
「寝所にまで入ってくるとは思ってなかったんだよ」
だって、ここにいるのは僕一人だけじゃないからね。
「俺から言わせてもらえば、対象が誰とどこにいようが関係ないね」
「さすがは元暗殺者」
目的に視点を置く、なんて思いつかなかったよ。
そう言って、わざと肩を竦めて見せたら男が僕の言葉にぴくりと反応を示した。
「……暗殺者、か」
「ああ。あんたも似たような職業だろ?」
二人は会話をしながらも、きっちり牽制し合っているように僕にはみえた。
窓から入る月明かりに照らされた男はいまだ恐ろしくて。なのに、この間よりも直視出来るようになれたのは何故だろう?けれど、戦慄く体に反応して、咳が一つ零れ出る。
「……おい」
「なに?」
そんな僕の様子を見かねてか、ノアが僕にだけ聞こえる声で呟いた。
「俺があいつの相手をしている間に、お前はここを出ろ。んで、何処の部屋でも良いから入れてもらえ」
あー、そうくるとは思ってたよ。
この際、そうするしかないだろうな、ということも。
「……分かった」
「カウント取るぞ。そら、サン、ニー、イチ!」
え、早くない!?という言葉は出ない。というか、言えなかったという方が正しい。
ノアが飛びかかると同時に走り込み、部屋の扉を開ける際に「な、何事だ!?」というテオドール様の声が聞こえた気がしたけど振り返る事は出来なかった。




