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鳥の異名を持つ彼女から、事ある毎に「今度、翼を背負ってみませんか?」と手を合わせながらよく分からないお願いをされるけど、一体、彼女は僕をどうしたいのか。むしろ、『春鳥』と呼ばれるセラフィナさんの方が似合うのでは?
「申し訳ありませんが、お二方にはこちらにお留まりになっていただくよう、教皇より指示を受けております」
うちの自慢の侍女のサラと同等レベルの無表情さを保つ厳格そうなシスターからそう言われたのは、多分、個人用の応接室と思われる一室に連れて行かれて直ぐだった。多分というのは、この部屋があまり広くないからだ。
城下にあるエーヴェリー卿の屋敷の僕の部屋でさえ、ここまで狭くはなかったりするからね。かと言って、立ち並ぶ家具や飾られている絵画を見るに世話係たちの待機室というわけでもない。部屋を見渡しながらぽすっとソファーに座り込むと、アルがその隣りに座り込んできた。
シスターとして長年を過ごしていそうなだけあって、その老婆からの言葉に僕とアルは大人しく頷く。――けれど。
「喉は?喉は痛くありませんか?そ、そうだ、茶を!いや、それより医者だ!」
「私たちが慌ててどうする、ディー。それより、ほら!見てご覧よ、この純度。やぁ、綺麗だなー」
僕たちの付き添いで共に来てくれた同じ旅仲間であるノルウェル親子の自由さに、つい遠くを見てしまう。……うん。なんというか、親子なのにどうしてこうも方向性がバラバラなのかなって。
リーレン騎士養成学校を卒業して、アルミネラの護衛役となったディートリッヒ・ノルウェル先輩は相変わらずアルに振り回されてる感が否めないし。っていうか、アルも面倒臭そうな顔をしない。一応、今は『僕』を演じてるって分かってる?
その父であるウィリアム・ノルウェル様は、エーヴェリー伯爵家と同じく古くからある家柄の一つで、騎士を輩出する名門ノルウェル伯爵家の当主として有名だけども。第一騎士団の副団長を務められていて、更に言うなら陛下の護衛も任されているような方…………だったりするんだけど。童心を持ち合わせておられるので、先程から僕が吐き出した宝石を光に照らしたり眺めたりして夢中になっている。なんて、回りくどい言い方をするべきじゃないか。
つまりは、 脳 筋 。……まあ、楽しそうで何よりです。
だーけーどーも。陛下のお側にいるだけあって、やはり人を見る力というのはあるんだろうな。ノルウェル卿には初見で僕たちの入れ替わりを見抜かれた。この感性の鋭さが我が愛しの妹と精通している事に底知れぬ恐怖を感じてる。なんて、軽口は終わりにして。
「あの、式典は続けられるのでしょうか?」
「滞りなく」
「そうですか。……良かった」
だって、いくら突然とはいえ大勢の前で吐き出すとか。……ねぇ?
ハンカチで押さえていても、やっぱりどうかと思うもの。アルなんて、手で覆っただけだったし。しばらく思い出しては凹みそう。これでも、アルに変装している時は僕なりに気をつけていたのになぁ。
あの後、当然の結果だけど、式典も中断したからもし中止になったらどうしようかと思ってた。
何せ、ここは聖ヴィルフ国なわけで。
つまりは、中止になんてなっていたらミュールズ国に責任が課されるって事だから。中止にならなかったのは助かった――とはいえ、出席していた他国の人たちには僕たちがミュールズ国の人間だというのは知れ渡ってしまっただろうな。
オーガスト様たちと合流出来たら、真っ先にこれからの対策と対応を練らないと。多分、クロード様はもう何かしら決めてしまってそうだけど。
ああ、それにしても女神様の降臨の再現も最後まで見てみたかったなぁ。
「飲み物をお持ちしますので、お待ち下さい」
僕があまりにもしょんぼりとしていた所為か、チラリと緑色の瞳でこちらを一瞥してからシスターは頭を下げて出て行った。
「さて、と」
言い方が悪いかもしれないけれど、部外者がいなくなった所で隣りに座るアルへと体の向きを変える。
「ねぇ、アル」
「なあに?」
何となく、嫌な気配を感じたのかアルの視線は綺麗なフレスコ画が一面に拡がる天井だった。あー綺麗だよねぇ。
――さすがは、本能で生きている子。
同じく本能むき出しで、興味本位に活き活きと宝石に短剣を突き刺そうとしてるノルウェル卿も視界に映ったけど直ぐに見なかった事にした。うん。帯刀を禁じられているはずなのにどうして持ってるんですか?とか訊かないからね。あとの事は、必死でその腕を握って止めようとしているディートリッヒ先輩に委ねます。ファイト。
「僕が風邪を引いてるからって、実は自分も咳が出るのを黙ってたんでしょ?」
多分、というかこれは確信に近い。きっと、この分だとノアとサラには秘密にするよう言い含めていたに違いない。
「そんな事ないよ?」
「……」
「……っ、」
「アルって、口笛上手いよね」
「えっ。そ、そう?」
「なんて誤魔化しがきくとでも思ってるの?」
あーもう!そんな馬鹿な所が可愛いんだから。どうせ、僕はシスコンですよ!それも、超が付くほどのね。だけど、今はほだされないぞ。と、気概を込めてアルの頬を両手でぎゅっと挟み込む。
「あう」
……あ。かわ、っく!
「ほ、ほっぺた、つぶれちゃう!」
「可愛いほっぺたなんて潰れちゃえ。アルのばか。……自分を蔑ろにする子は嫌いだよ」
僕だって、アルの事を大切にしたいのに。
「イオ、ごめん。ごめんなさい、心配をかけたくなかったの」
そう言って、アルの少し冷えた手が頬を挟む僕の手を握った。
聖ヴィルフ国に来てからスキンシップが増えたけれど、以前の僕たちに戻れたようでホッとする。
「分かってくれたら良いよ」
「ごめんね。大好き、イオ」
「……ん」
軽くギュッと抱き合ってから離れると、テーブルの向かいからノルウェル卿が興味深げに僕たちを見ていたので思わず、わあ!と声が出た。
「ど、どうされました?」
っていうか、宝石を割るのは諦めたんですね。その隣りでくたーっとソファーに凭れてるディートリッヒ先輩はお疲れ様です。
「いやぁ、ほんっとエーヴェリー卿のお子さん達は仲が良いなと思って。ねっ、ディー?」
「そうか?リーンは厳しい所があるが俺の可愛い弟だ」
――あっ。今、旅先でリーンハルト先輩が大きなクシャミしてる気がする。一応言っておきますが僕の所為じゃないですよー。……伝わると良いな。本気で。
「さすがはうちの長男!分かってるぅー!」
ヒューヒューって。ノルウェル卿はどれだけノリが良すぎるの。
さっきは家族の方向性が違いすぎると思ったけど、訂正しますね。ただし、自由人という括りに変更はございません。
「しっかし、どーしたものかなぁ。まさか、二人揃って『女神病』になるとはね」
とか言いつつ、さり気なく握って粉砕できるか試してる手が気になって仕方ない。いや、気にしちゃ駄目だ。うん。そんな事より――
「『女神病』ってなあに?」
そう、それ。
先にアルが訊ねたけれど、僕もディートリッヒ先輩も同じ思いだった。
「あー、ミュールズ国民には馴染みないもんね。えーっと、何だったっけなぁ。何かの話の流れで陛下に教えてもらったんだよね」
うーん、と腕を組みながらノルウェル卿が首を捻る。
僕たちはそれを大人しく待つしかない訳だけど、アルが宝石を弄りだした所で先程のシスターがお茶セットを一式持ってきてくれたので内心で親指を立てたのは秘密です。
そして、ノアに知らせてもらったのだろうサラが来てお茶を淹れてくれた所で、ようやくノルウェル卿が両手を合わせてパチンと音を鳴らした。
「あっ、そうか!思い出したぞ。それで、えっと何だっけ?」
知ってる?この人、これでも陛下の近衛兵のまとめ役なんだよ。
「『女神病』とは何なんだ?」
「ああ、そうそう!『女神病』というのは通り名で、正式には『女神の恩寵』というらしい。大抵は、突然、体のどこからか君たちのように宝石が出てきたりする事が多くって、稀に生まれ持って体の一部に通常ならあり得ない特徴を持つ人がいるんだってさ」
という事は、僕たち以外にもこいういうケースがあったってこと?今でも信じられないけど、前例があるってだけで安心感が違うよね。
「この国のトップがね、『女神病』の一人だっていう話の流れで聞いたから間違いないよ」
――――っ!
「そ、うなんですか……へぇ」
……び、びっくりした。っていうか、今のはセーフだよね?誰も僕が動揺したのには気付いてないよね?ね?
「えー!そうなんですね!すごい偶然もあるんだぁ!」
「なるほど。では、教皇も宝石を吐き出す方なのか?」
後に続いた二人のおかげで、鼓動の速さも既に落ち着きを取り戻している。それを実感しながらも、ディートリッヒ先輩の疑問に、ノルウェル卿と僕の心の中の答えは同じだった。
「いーや、違う。教皇は生まれつきという奴さ。世界には、稀に金色の瞳を持つ人がいるのを知ってるよね?教皇の場合は、金色ではなく『金灰色』の瞳なんだってさ」
……もちろん、知ってる。
だって、僕はその血を受け継ぐお孫さんを知っているもの。
でも、まさかネネ先生のあの瞳が『女神の恩寵』だとはさすがに知らなかったなぁ。教皇様との血の繋がりは秘密だから、てっきり色眼鏡で隠しているものだとばかり思ってた。
「へぇ!金色の瞳が珍しいっていうのは、去年ナオと会って初めて知ったけど、それよりも珍しい色があるんだねぇ」
「ナオナシオ王子ですね。王子の事は、貴女とあいつに任せっぱなしでしたが、確かに金色の瞳でしたね」
そうそう。金色の瞳、といえば真っ先に浮かぶのはナオナシオ殿下なんだよね。
初めて会った時は、南国特有の褐色の肌に金色の瞳の美青年だったし、アルが拾ってきたっていうからめちゃくちゃ怪しんでしまったけれど。あの一件も色々とあったけど、今では懐かしいなんて思えてしまうものなんだなぁ。
「ああ、あの王子も中々気骨のある若者だったな。武道会が終わってから、陛下へ拝謁しに来た後にちょいと腕試しをさせてもらったが久しぶりに腕が鳴ったよ!」
……さすがは、騎士団一の持久力持ち。
王宮で働き出してから、噂で色々と耳にするけどそのどれもが体力に関してはミュールズ随一というものだった。陛下の弟君で武将としても名高いマティアス様にも気に入られているほどだとか。性格もどことなく似ていらっしゃるし、二人して猪突猛進……父上の苦労が目に浮かぶ。
「あっ!じゃあさ、ナオよりも珍しいって事はナオみたいにとく」
「べつ!そう、特別にかっこよかったんですかね、やっぱり昔は。ねっ!ねー!?そうだよね、アル。僕もそう思うよー!」
おわぁー!アルはいきなり切り込んでくるの止めよう?お兄ちゃん、心臓がまた跳ねちゃったよ。
ナオナシオ殿下の特殊能力は秘密事項なので、言っちゃあいけないよ!というのを目で伝えながら、何とかどうにか言い繕う。……ふう。やれやれ。
「うーん、どうだろうね。私はやっぱりうちの陛下の方が格好いいと思ったけどなぁ」
「それはよく分からんが、説法は素晴らしかったな」
「そうですか」
すみません。無理に話を繋げただけなので流しますね。特にノルウェル卿の方は訊ねると時間がかかりそうな気がする。――のに。
「私も!陛下は格好いいと思いまーす!」
……え?何を言い出すの、アル。と、本当は言いたかった。けど、言えない。
いやね、お兄ちゃんは確かにナオナシオ殿下の能力については口止めしたけど、何も乗っかる事はないんだよ?しかも、どうしてノルウェル卿の方に乗っちゃったかな!?
「さっすがはエーヴェリー卿のお嬢さんだ!そうでしょ、そうでしょう?私は子供の頃に親から陛下の武勇伝を聞いて、それ以来ずっと陛下に憧れていてね」
……。
……えと、ですね。僕も言いたい事は分かっているので、ディートリッヒ先輩はそんな呆れた顔で僕を見ないで下さい。僕だって、アルの行動は読めないんですよ!ごめんなさい。
式典が終わってオーガスト様たちがこの部屋を訪れるまで、ノルウェル卿の陛下話は続いたのは当然の結果と言えよう。……父上、ノルウェル卿と普段どういう話をされているんですか。
ミュールズに戻って父と話が出来るなら、とりあえず真っ先に訊ねてみようと僕は誓った。




