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2019/02/25 改稿しました
最近、王宮へ行くとオーガスト様に誘われて色んなサロンを訪れては飾ってある絵画を鑑賞するのが仕事の一つみたいになってきてる。ただ、申し訳ないけどオーガスト様が天使フェチだとは知りたくなかった。
あの後、クロード様から僕が風邪気味であるというのはオーガスト様たちにも知られる事となってしまって。当然、前夜祭の夜会には行かないように言い含められた。というか、オーガスト様よりアルからの要望という方が正しいかもしれない。
幼少期は、前世の記憶を思い出す度に熱が出て寝込んでいたからかもしれないけれど、また寝込んでしまうんじゃないかと心配してくれているらしい。オーガスト様の婚約者という立場が嫌なアルにしては珍しく、夜会ぐらいこなしてみせるからイオは大人しく休んでて!と僕を優先するほどだった。まあ、お兄ちゃんとしては感動せずにはいられないよね。……だけど、それに留まらないのが我が愛しの妹なわけでして。
まず、アルのお世話係として同行しているサラを看病人に推挙するのは良かったと思う。なにせ、サラは僕専属の侍女だし、居てくれたら慣れている分素直に嬉しいもの。
――けど。
見張りと警護をオーガスト様に要請して、尚且つ僕が抜け出さないようにノアに監視させようとしたのはちょっとやり過ぎなように思う。……うん。っていうかさ、僕ってどれだけ信用ないの?抜け出すってどこに?徘徊癖なんて僕にはないけど?
妹に不安がられる兄ってどうなの、と地味につらい。
なので、僕としては僅かなプライドを守る為にも断ったんだけど、オーガスト様もどういう訳かアルの意見に同意して警護は付けられる事となってしまった。度し難い。
僕の警護に名乗りを上げてくれたイヴ・キルケー様には大変申し訳ないなぁと思っていたけど、今だけは居てくれて良かったーなんて思えてしまったのには理由がある。
それは――
「ふぇえええーっ!さっきまで確かに持ってたのに、どうして!?」
無い!無い!どこにもない!?と、僕とキルケー様の前で取り乱しているのは赤髪の少女で。かれこれ五分ほど、己のシスター服のポケットに何度も手を突っ込んだり挙げ句の果てに脱げるところまで脱いで、挙動不審気味に廊下を見渡しているのだから僕たちも苦笑するしかない。もし、これが一人だったらと思うと僕も一緒になってオロオロしてしまっていたかも。なので、キルケー様には感謝しかない。
どうも彼女は、おっちょこちょいであるらしい。ここへ訪れた時の自己紹介でも噛んでいたから心配だったけど、予想は的中していてそれより実情は酷かった。
今朝方、レベッカ・ネネ先生から風邪薬を持って行かせると言っていたのが彼女、ルネッタ嬢で年齢は僕と同じぐらい、かな?当初は、ウィンプルというよくあるシスター用の頭巾をきっちり被っていたけれど、僕に持ってきたという薬が見当たらなくて取ってしまった。シスターがそんな簡単に外してしまって良いのかこっちが心配になるんだけど。その為、ミュールズの王族が持つ緋色とは違って、どちらかというと鉄錆に近い赤色の短い髪が動く度にふわふわと揺れている。
「あ、あの、急がなくても大丈夫ですよ」
もはや、半泣き状態の彼女にかける言葉はむしろこれしかないだろう。
「ああっ!み、御使いさまぁ……なんとお優しいのですか」
み、御使い?
「えっと、よく分かりませんが。こちらがネネ先、……様のご厚意に甘えているだけですし、咳だけでこの通りまだ元気なので」
「お綺麗な上に、なんと心が広いお方なのでしょうか。も、申し訳ありません」
って、そんな蒼白な顔でしょぼんとされたら困るー。今にも死にそうな悲壮感とかほんと止めて。うーん、どうしようか……と苦笑いのまま悩んでいると。
「職務に忠実なのは結構な事ですが、周りを巻き込んではいけませんな」
そう言って、キルケー様は僕が持っていたルネッタ嬢のウィンプル一式を取り上げ、流れるように彼女へと手渡した。うん。実は彼女、薬を探すのに夢中でウィンプルを外して目の前にいた僕に手渡してきてたんだよね。全く無意識だったって事は、今びっくりした顔になってるのでやっぱりなぁって思ったけど。いつ返そうかちょっと悩んでいたからありがたい。
「ですよね。騎士様にもご迷惑をおかけして大変申し訳ありません」
ちなみに、ルネッタ嬢に最初に巻き込まれたのは僕ではなく、扉を開けたと同時に転げそうになった彼女を支えたキルケー様だったりするからね。
イケメンはイケメンでも、いわゆる彫りが浅い塩顔なイケメンのキルケー様にチクッと言われると、僕もルネッタ嬢のようにどよーんとなってしまうだろう。元が冷めてる顔付きだから、特にね。でも、だからこそ笑った顔とのギャップを知ってもらいたい。ほんと、格好いいんだよ。イケメンとの遭遇率ナンバーワンの僕からは以上です。
なんて、のんきに出来るのも今は本日の夜会の準備で、僕とキルケー様以外のミュールズ国の人間が不在中だからだろうか。
「一緒に探しましょうか?」
この世界は、前世の世界のように医療は発達していない。だから、薬草を調合した漢方薬でも国によってはそれなりの値段にもなる。
きっと、彼女もここまで必死に探すぐらいなのだから、ここでも風邪薬の価値は高いんだろうなと思えてならなかった。だからこその提案だったけれど。
「レベッカ様の賓客にそのような事はさせられません!」
「先程、自重を――と申し上げたはずですが?」
二人によって全力で止められてしまった。っていうか、隣りに佇む第二騎士団副団長様のお顔が恐い!恐い!確かこの人、コルネリオ様の同級生だったけど類は友を呼んじゃうの?あの方は掴み所ない笑顔で威圧感を出してくるけど、キルケー様の無表情で圧力を加えてくるのもかなり恐い。
「……ワスレテクダサイ」
ええ、軽はずみな事を口にした僕が悪うございました!だから、その顔止めましょう?
「お分かり頂ければ十全です」
圧倒的プレッシャーをありがとうございます。
ニコッと笑いかけられても、視線を逸らしてしまう僕は悪くないはず。
それより、いまだしょんぼりとしているルネッタ嬢を放っておく訳にはいかない。これがアルなら、お茶と美味しいお菓子を用意すれば直ぐに元気になるのになぁ。かといって、淑女を気軽に部屋に招くなんて出来ないし。
せめて――
……あ、そっか。
「あの、甘い物はお好きですか?」
「は、はい。好きです、けど?」
キョトンとした顔で見上げられ、僕はつい顔を緩めてしまった。これぞ企み顔の典型、とか言わないように。
「ちょっと、待っていて下さいね」
「っ、はっ、はい!」
急に顔が真っ赤になってしまったけど大丈夫かな、と思いながらも踵を返す。
僕の秘策はつまりこうだ。部屋に入れられないのなら、お菓子だけでも渡せば良い!僕にしては珍しく冴えてるんじゃないかな、なんて自画自賛。いや、たまたま気が付いただけの話だけど。
――と、お菓子を取りにいく途中、床に落ちていた見知らぬ小袋を幾つか発見し、それがルネッタ嬢の持ってきた風邪薬だと知るのは五分後の事だった。
多分、転げそうになった時に手放して、上手いこと部屋の中に入ったんだろうなぁ。
色々とアクシデントはあったものの、何とか体調も悪化せず式典の当日までこじつけられた。
よく頑張った、と褒めてやりたいのは言わずもがな、妹のアルミネラ……に馬車馬の如くこき使われていたノアかもしれない。……うん、大変不本意だけど。本当に不本意だけど。強調したいから二回言う。
あいつはどう見繕ってもいけ好かない駄目犬だけど、僕が労いの言葉ぐらいはかけてやろうか、とちょっと思えてしまったぐらいにはアルの命令は容赦がなかった。それはもう、え、笑顔でそれ言っちゃう?という程の女王様レベルで。おかしいな?そんな子に育てた覚えはないんだけどなぁ、と思ったりもしたけど、強かなアルも可愛いからまあいっか、なんて。ただ、あのノアに対して既視感を覚えてしまったのは夢だと思いたい。……アルの命令の大半が僕関連だった事は謝るけどさ。
次点があるとすれば、オーガスト様を上げたい。
あの人は、いまだ僕とアルの入れ替わりを信じないので、この日までずっと本人のままだったアルの奇っ怪な行動や挙動に何度か苛立っていたようだから。
「あの淑やかさが欠けた女は何者だ?」とか「もしや、あやつは多重人格者ではあるまいな?」と真剣な顔で僕に相談してくる度に、何度吹き出してしまいそうになった事か。もうね、最近は言っても信じてくれないから笑うしかないんだよね。というか、もしかして僕を全力で笑わせたいのでは?加えて、今回は同じ側近仲間のテオドール・ヴァレリー様も僕たちの入れ替わりを知らないので、二人の会話を聞いていると本気で僕を(以下同文)。……まあ、いいや。
兎にも角にも、こうして無事に式典に出られるようになれただけで僕としては満足してる。咳もたまにしか出ないし、熱も出ないし、ほんと健康って素晴らしい。
――ただね、但し。
クロード様の指示で絶賛女装中ですけどね!
そこ、やっぱりかーとか言わないで。女神様への冒涜行為に当たるけど、ミュールズはヴィルフレオ教を国教としてないし、ここに参列するミュールズ国民の誰も女神教の信者ではないのでオッケーが出ちゃったっていうね。何というか、この旅の同行者に頭の固い人がいないのが問題なのかも。
それに、僕が今居るこの大聖堂には、各国の要人たちが集まっている。
それはつまり、オーガスト様だけでなくその婚約者のアルミネラ・エーヴェリーも彼らに品定めされているという事に他ならない。アルが失敗すれば、それだけオーガスト様引いてはミュールズを貶めるという事になる。――と、優しく……ここ、強調ね。優しく、こんこんと語るクロード様に説得されたアルが反抗するはずもない。
あのね、気付いてないだけでそれって『脅し』っていうんだよー、と教えられたら良かったけども。ただでさえ、僕が一を言えばミルウッド卿からは十が返ってくるので言わないけどさ。アルと僕との対応に差がありすぎる。……くっ。泣くもんか。
というわけで、僕はいつものようにアルミネラ・エーヴェリーとして出席しております。はい。
当然、アルはしれっと僕の服を身に纏い後ろで参列に加わっていたりするんだからこういう時羨ましいなと思っちゃうよ。あーもう、ほんと心臓に悪いったらない。唯一、他の国の出席者に顔見知りがいない事だけが救いかな。
正直、早く終わってくれないかなぁとここからじゃ手の指サイズでしかない教皇様を見つめていると。
「……」
……え、僕が見えるの?
白銀の祭服を身に纏う教皇様の後ろに並ぶ赤い祭服の十一人の枢機卿、の内の端っこに立つレベッカ・ネネ先生がこちらを見て口元を和らげた気がした。いやいや、嘘でしょ。こんな大勢の中から僕を、ましてやアルに変装中の僕に気付くわけないじゃない、なんて思わずにはいられない。
多分、僕の目の錯覚だよね?きっとそう。これも旅の疲れってやつかな。
周りに分からないように小さく息を吐き出して、もう一度視線を向けるとちょうど教皇様からのご高説が終わった所だった。
厳かな空気の中、次に行われるのは女神様の降臨を再現するというパフォーマンス。
今回の目玉とでもいうべき演目は、聖ヴィルフ教も力を入れているらしくどこからともなく賛美歌が聖堂内に響き始める。天使の歌声かと思わずにはいられないその綺麗な歌声に耳を傾けていると。
教皇様一同が立っている場所と僕たち客席の間の広い空間に、まるで絵画の中から飛び出してきたような少し大きめで長い真っ白な布が、ふわりふわりと揺蕩いながら落ちてきた。
「……美しいな」
ええ、そうですね、と声にはならないけれど、隣りで呟いたオーガスト様に同意するほど本当に綺麗。天井に描かれた宗教画の合間にあるステンドグラスで作られた天窓から射す光が布に映って、神聖な空間が生まれているのは自然現象と言って良いのだろうか。
そう、まるで本当にそこに女神様が降臨されるような。
すると、なんとその布が形を持ち始め、少しずつ膨らみはじめた。
どんどんと、賛美歌を歌う声が増えて重なっていくにつれて、何もない場所から芽が出るように、ゆっくりと。だけど、確実に。
胸が高鳴るのは、僕だけじゃないはず。この高揚感と緊張感で、大聖堂内全体が最高潮に達していくのが分かってしまう。
そして、遂にその芽は明らかに人の形を成していって――
「……っ!」
ゴホッと、僕の喉から一つ咳が溢れた。
――――その直後、
この大聖堂内に、大きな鐘の音が響き渡る。
これも、演出の一つなの?
あまりにも大きな音だから、おかげで僕の咳も打ち消されてホッとしたけど。
「……コホッ」
こんな時に限ってまだ咳が出そうだなんて――
そんな思いが過ぎる前に、どうやら予感は的中したようで咳が喉から放たれた。
一つすれば二つ出て、収まりを忘れたかのようにコホコホと酷くなるので、緊急対処としてハンカチで口を覆ってしまう他ない。そんな僕にびっくりしてるだろうオーガスト様もさすがに心配になったのか、「大丈夫か」と問いかけてくれたものの。……いや、どう見ても大丈夫とは言い難いです、と答えられず涙目になりながら顔を上げれば、周囲から見られていたので居たたまれない。
それなのに、ご不快にさせて大変申し訳ありません、という言葉すら言えない自分が憎らしい。僕だって今すぐに止めたいんです、ごめんなさい。
これはもしかして、かなり目立ってるんじゃ?なんて、広い聖堂内を見渡せば遠くに佇む枢機卿の方々が険しい顔をしていたので頭を抱えたくなった。
うーわー……もしかして、僕の所為で女神再臨が失敗したとかないよね?それだったら原因は全て僕だけという事にして欲しいんだけど、と心の中で土下座状態だったのに――うん?
「ど、どういう事だ?」
「何故、鐘が……っ?」
「落ち着きなさい。とにかく、鐘を鳴らしている者を見つけよ」
……鐘?
よく分からないけど、僕を気にしてないって事はセーフで良いんだよね?いや、でも何かごたついてるみたいだけど?
そのちょっとした騒ぎに、女神役だった金髪の女の子が布から顔を覗かせて戸惑っていたけど、僕は己の咳と対峙しているからそれどころじゃない。
いまだ、ぐわんぐわんと鐘の残響が頭の中でリフレインしながらも咳は続き――――やがて。
「…………っ、う!」
自国を代表して出席している他国の式典で。
しかも。
次期国王の婚約者であるうら若きご令嬢が、人前でだの――という思いも虚しく。
明らかに堅い物質が喉の粘膜を通る感触に泣きそうになりながら、口から出したものは。
「な、んだ……それは!?」
いや、僕だって知りたいですよ、とは言えない。
ただ、今は呆然とハンカチの上に出した物を見ているしかなかった。
「これは、石か?いや、……宝石、か」
真っ白なハンカチの上に転がった色とりどり石の一つを、オーガスト様がひょいと取って光に当てるよう真上に掲げる。言っておくけど、ここに躊躇いというものがいっさいなかった事をお知らせしておきます。僕もエルなら同じように出来るけど、オーガスト様はセラフィナさんが好きなんじゃないの?なんて、こんな時にぼんやりと思ってしまった。
そんなオーガスト様の何気ない行動と言葉に、僕たちの近くにいた人々に動揺が走ったようで。
「……宝石だって?」
「そんな馬鹿な」
「けれど、見て!あの輝きは宝石みたいよ!」
「俺は見てたぞ、そこの女の子が宝石を吐き出したのを!」
オーガスト様が掲げた石を見た彼らがざわつき始めて、そこから円を描いたようにそれは拡がっていった。
「っ、すまない」
「いえ」
今や、咳をした時以上に注目を浴びて、大勢の視線に背筋が凍る。
こんなに誰かの視線が恐いと思ったのは初めてだ。
そこへ、僕を隠すようにオーガスト様が咄嗟に上着を被せてくれて、嬉しいやら恥ずかしいやら面はゆいやら変な感情が湧き起こってしまった。……さすがは王子様だよ、全く。
変にときめかすのも大概にして欲しい。いや、僕は男だけど。
上着の中からでも聞こえるざわめきは収まりをみせず、居たたまれない気持ちで過ごしているとアルの声が聞こえた気がして思わず小さな隙間を作った。
アルに会いたい。
願うのは、たったそれだけ。
「……っ、」
――なのに。
もう一度、悪夢を見よと言わんばかりに、再び喉から咳が溢れた。
……嘘でしょ。
「イ、アルっ!どうしたの、何があったの!?」
「あーイエリオス、それに皆もすまない」
「それは後!今は、アルでしょ」
コホコホと咳をしながら上着から顔を出すと、アルに腕を掴まれて顔をのぞき込まれる。
ああ、今はアルが傍にいるだけで涙が出そう。
「ア、コホコホッ」
「大丈夫だよ、もう大丈夫だからね」
これじゃあ、どっちが上なんだか。
そう思いながらも苦笑いすら出来ない自分が苛立たしい。
誰も見ていなければ今すぐにでもアルに抱きつきたい程なのに、と悔しい思いでいっぱいになると、再び喉元から何かがせり上がってきて。
「……っ」
そんな……声が出ないなんて。
石によって悲鳴すら出ない為に、アルが身に纏う僕の礼装服の袖をギュッと掴んで助けを求めた――のに。
「アル、ちょっ、コホッ……コホコホッ、ちょっ、待って。僕も、何だか……コホッ、気持ち悪……っ」
「――――っ!」
お互いの手を掴みながら、
――――僕たちは、同時に宝石を吐き出した。
今回登場したルネッタ嬢ですが、実はSS版の『OUTSIDE:SAD』に既に出ていたりします。




