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閲覧とブクマ、そして評価をありがとうございます!!

 たまに、エルが天使のように真っ白な翼を拡げているみたいに見える時があるんだけど、あれは僕の願望なのかな?……だからといって、思春期特有のアレとか言わないで。




 懐かしい顔に僕も慌ててお久しぶりです、という言葉を返そうと口を開いた瞬間、まさかのタイミングで咳き込んでしまった。何もこんな時にさぁ、もう。

 ううっ。情けないなぁ、と肩を落としながらも咳き込む僕に、おやおやーと言いながらネネ先生が駆け寄ってきて背中をさすってくださった。ああ、情けない。

「大丈夫~?」

「す、すみません。多分、風邪かと……ゴホッ」

 背中を撫でる手は優しく。そういえば、軽薄な口調とは裏腹に実は世話好きで気遣い上手の人だったな、と思い出す。ミュールズに出張でいらしていた時は、この人の包容力に何度助けられたことか。……まあ、またその逆も然りだったけども。

「そっか~。えー、いつからー?熱は、うーん……無さそうだねぇ」

「……え、ええ」

 って、そんな自然と他人の額に手を伸ばせるものなの?嫌ではないけど、こういう事には慣れてないからちょっとびっくり。

「こちらの国に入る前に、面倒事があったので疲れが出てしまったんだと思います」

 本当にね。だからと言って、せっかくの祝祭に水を差すなんて事はしないよう気をつけますから、というのを暗に含ませて。「気にしないで下さい」と、いまだ僕の額にある手を取ってやんわりと外しながら愛想笑いを浮かべて見上げれば。

「君は相変わらずだね」

 小柄とはいえ、それでも僕の頭一つ分は高い所にある色の付いたレンズ越しの目とかち合う。

 そこに隠された金灰色の瞳は、僕がいまだ一定の距離感を保っている事に気付いているようで苦笑いを浮かべられた。

「……え、っと」

 あのですね、それって実はこっちからすればある意味居たたまれない案件なんですよ。ごめんなさい、とも言えないし。かといって、今更誤魔化すのも難しいので、微妙な気恥ずかしさに視線を逸らせたのに。

「と、言ーうーこーとーでー」

「っ、」

 先程まで僕が掴んでいたはずのネネ先生の手が急に翻って、逆に僕の手を掴む。その手慣れてる感といったらない。

「な、なにを」

 知らない仲ではないけど、そこまでスキンシップをする程親しくもない……なかった、はず。片手で陶器の水差しを持っている為に、変に抵抗も出来ず素で慌ててしまった僕にネネ先生はニンマリという表現が似合う笑顔を向けてきた。

「ボクは一応教師ですけど、エーヴェリー君の先生じゃないので~、呼び方を変えよっか~!」

「へっ?」

 一瞬、間抜けな顔を晒してしまったのは仕方ない。っていうか、もしかしてまだリーレンでの事を根に持ってました?もう一人の親しくさせて頂いた視察団の方に僕が名前呼びを強請られた時の事を。

「幸いな事に、ここにはボク達二人きりだしね~」

「っ、そ、そうですね」

 二人きりって、あれだよね。ここには、もう一人の視察団の方やフェルメールという妨害をする人がいないっていう。

「もう一度、君に会えたらネネ先生なんて他人行儀な呼び方じゃなくて、ちゃんとレベッカと呼んでもらいたかったんですよ、ボクは」

「っ!」

 ……ちょっと待って。名前で呼んで欲しかったのは分かるけど。……けど、僕の頬に手を添えてあまつさえ顔をのぞき込んでまで言わなくちゃいけないものなの?しかも、さっきまでの軽い口調はどこに消えたんですか? そういう話し方も出来るとか。……えっと、今の僕の恰好って、ちゃんと性別に合ってたよね?それとも、これも先生にとってはただのスキンシップと考えて良いのかな?

「ほら、言ってみて」

「っ、や、あ、あの、えっと」

 いやいや、無茶ぶりにもほどがあるでしょ。

 急に言われても、恥ずかしさで言葉が出ない。お願いだから、多感な年頃の男を弄ってもらわないで頂きたい。……まあ、こう見えてプラス二十年生きてるけどさ。

「えーっと、」

 なのに、眼鏡越しでも僅かに見える金灰色の瞳が僕を捉えて放さないでいる。既に逃げたい一心で、言い訳を考えていると、


「おや、何をされているのですかな?うちの国の者が何か粗相を?」


 僕の背後から、天の助けが現れた。

 高からず低からず。けれども、嗜めるような言い回しを敢えて使って僕を助けてくれたのは。

「……キルケー様」

 天然がかったバターブロンドの癖っ毛。その下にある整った顔に今は真剣みを滲ませているのは、今回の旅の同行者の一人である第二騎士団の副団長、イヴ・キルケー様だった。

 キルケー様が声を掛けてきた事によって、ネネ先生も僕からそっと距離を置く。ようやく解放されてホッとしたのも束の間、今度はこの状況をどう説明すれば良いものやら。……あー頭が痛い。

「もしかして、彼が何か失礼な事をしてしまったのでしょうか?」

 コツコツと靴音を鳴らしながら歩み寄ってくるキルケー様は、僕に非があるように問いかけながらもネネ先生を疑っているのは明らかで。

「あっ、違うんです!この方とは面識がありまして」

 慌てて誤解だと否定した。

 ああ、そうか。今のネネ先生は、ここでよく目にする修道服じゃなくて私服だから余計に警戒されたのかもしれない。さらりとした髪を耳に掛けながら、常にニコニコ顔の先生が着ているのは夏だというのに新緑色の厚手のコートと黒のズボンだった。これじゃあ、どこから見ても聖職者には見えないのは確かかも。

「お知り合いですか?」

「は」

「いやぁ、実はそうなんです~!以前、そちらのリーレン騎士養成学校の視察に行った際にー、エーヴェリー君にはお世話になっちゃいまして~」

 僕が返事をするより早く、しかもまた普段通りの軽い口調に戻して言うものだから、ノリが軽すぎてキルケー様の僕への視線がかなり痛い。だよね~、なんて暢気に首を傾けながら言ってる場合じゃないですよ。

「……」

 えっと、はい。分かりますよ。それは本当の事なんだな?まさか脅されてはいまいな?とおっしゃりたいんですよね。その目付きは。

「お世話だなんて。ぼ、私の方こそ、あの時は色々と学ばせて頂きまして」

 色々とね。もう、ほんと色々、と。

「この方は、レベッカ・ネネ先、……様とおっしゃられて、ヴィルフレオ教の司祭様であり教師もなさっておられる方です」

 あの時の事を思い出すと、その流れで嫌な記憶も蘇るのでパッと意識を切り替える。これ以上、傷を拡げてはならないのだ。ダメ、ぜったい。

「ほう、それはそれは」

 イヴ・キルケー様は第二騎士団所属であるため、コルネリオ様が学校長を務めているリーレンに来た視察団など調べれば直ぐに分かる。それを逆手に取って、レベッカ・ネネ先生の身分証明とさせて頂いた。

 これで険悪な雰囲気にはならないよね、と安堵したのに。

「――それで?どうして、このような時間に、この場所においでなのでしょうか?」

 えー……そうくる?

 確かに、まだ夜が明ける手前だけども。尋問しなくちゃいけないほど何を疑ってるんだろう?

「あっ!もしかして、ボクがエーヴェリー君に会いに来たって思ってます~?あはは、それはそれで面白そうなんですけどねー。残念ながら、仕事で近くを通っただけなんですよ~」

 ここ、一応ボクの職場なんで~、と髪を耳に掛けながら、ネネ先生はあっけらかんと笑い飛ばした。

 さすがはネネ先生。人が言いにくい事をはっきりと口にする。というか、面白そうって一体どんな再会の仕方を想像したの?

「では、どうして彼と密着を?」

「み、密着って、そん……ゴホッゴホッ」

 なんていう破廉恥なキーワード!おかげで、少しばかり声を荒げてしまって咳が出た。喉に負担が掛かったんだろうな、とは思うけど何だかどんどん酷くなってきてない?

 それにしても、『密着』って。

 そんなにくっついてなかったでしょ。いや、でもこんな些細な言葉に反応するから余計に怪しまれるのかな……結局。

 内心では深いため息をはき出して表面ではゴホゴホと咳が止まらない僕に、今度はネネ先生ではなくキルケー様が僕の背中をトントンと優しく叩かれる。

「す、すみません」

 ちょっと無理したぐらいで風邪を引くとか、情けないにもほどがある。

「いえ」

「彼、どうも風邪を拗らせちゃったみたいですね~」

 あっ、ここはネネ先生に乗りかかろう。って事で、ついでに先程の事情も話してしまえ。

「数日前から喉に違和感があったので水分を摂っていたんです。けど、ちょうど部屋に置いてあった水差しが空になってしまいまして。厨房の方へ取りに行こうとしたら、ここでレベッカ・ネネ先……様と久しぶりにお会いしたんですけど咳が出てしまい、背中をさすって下さったんです」

 だから、密着ではないんですよ。ええ。……それと、その後にされた事は絶対に言わないのが『吉』です。今までの経験を活かして。

「そうでしたか。ご親切にして下さり、誠に感謝致します」

 あー良かった。ようやくきちんと誤解は解けた……って、うん?そう言いながら、どうして僕の肩を抱いてネネ先生から離すかな。僕、余計な話はしてないよね?

「いえいえ~。後で下の者に薬を持っていかせますねー」

「重ねがさね、ありがとうございます」

 ネネ先生もそれに気付かない人ではない。けど、突っ込まない所をみるにキルケー様の警戒心を逆撫でするべきじゃないと判断したんだろう。

 まあ、だけどキルケー様も旅の初めはここまで厳しくなかったんだけどね。クルサードで誘拐されたのが大きかったのかも知れない。あれから、気が付けば傍らにキルケー様、という時が何度もあるから。気配も音もなく居る時があるから、たまにびっくりして声を上げちゃうんだけど。……ん?あれ?そういえば、数日前から頻度が上がってるけど、もしかしてわざと?わざと、僕を驚かせようとしてません?いや、キルケー様に限ってそんなはずは……って、悩んでる場合じゃなかった。

 だから、今も別の部屋で寝ていたはずなのにこうして現れたという事だと思う。

 誰かに指示を受けているのか、それともキルケー様ご自身が僕を危ぶんでいるからか。そんなに危機感が無いように見えるのかなぁ。うーん。

 とまあ、そんなこちらの事情を事細かに説明する訳にもいかないので、ネネ先生には空気を読んでくれた事に感謝しておく。

「今夜の前夜祭は参加されるご予定ですかねー?」

 話は変わって、というか。ここは話題を変えるのが手っ取り早いのは百も承知で、ネネ先生も切り替えたらしい。

「彼は体調次第となりますが、殿下は出席させて頂く予定です」

 ……そうですね。

 もう、そうですねーとしか言えない自分が切ない。

「それじゃあ、その時にでも改めてご挨拶に伺わせて頂きますね~」

 お伝えしておきます、とキルケー様が返事をした所で、ネネ先生が僕にニコッと笑って去って行った。

 これにて、一件落着……かな?それにしても夢見が悪かっただけで、何も朝からこんな慌てなくちゃならないなんて。

 今日は部屋で大人しくしておくべきかなぁ、と軽く息を吐き出して隣りを見ると、キルケー様が腑に落ちない顔でネネ先生の後ろ姿をじっと見ていた。

「どうしました?」

 もしかして、まだ疑ってる……とか?

「あの方は何者ですか?」

「えっ」

 まさか、本当に疑ってるの?うわ……、ど、どうしよう。そこまで怪しい人物に見えたのかな?……んあー、充分見えるよね、確かに。つかみ所がないんだもの。

 各地を飛び回って、女神の遺物を回収されています、なんて踏み込んだ事情を話すにもいかないし。うーん、どうしよう。

「ただの司祭が、他国の王族に容易に挨拶出来るはずがありません」

「あ、ああ。そうですね」

 何だ、そっちか!早く言ってよーって、僕が言い忘れていただけか。

「あの方は枢機卿でいらっしゃいます」

「えっ、それは本当ですか?ということは、あの方はもしかしたら幻の十一人目の枢機卿なのかもしれませんな」

 ……ん?

「えっ?」

「えっ?」

 いや、キルケー様も、え?じゃなくて。

「……幻の?」

 なに、その特別感。

 最近、僕が耳にした『幻』といえば、休憩中にクラスのご令嬢方が話してたチョコレート屋さんの限定チョコレートケーキしか思い浮かばないんだけど。何でも、生地がしっとり滑らかで美味しいらしいよ。って、それとは比べものにならないか。

「聖ヴィルフ国は、教皇が国を統べている事はご存知ですね?」

「はい」

 それは学院でも学ぶ事だし、僕は幼い頃にコルネリオ様から頂いた本で既に知っていた。

「そして、次に教皇を支える枢機卿ですが、現在、十一名しかおりません」

「えっ、そんなに少ないんですか?」

 いや、だって去年、ネネ先生は枢機卿という役職の方は多いとかおっしゃっていたはず。

「私も詳しくは存じ上げませんが、今の教皇に代わってから人数を制限したようで。けれども、その教皇が自ら新たに枢機卿へと任命したのが先程の方だと」

「……そう、なんですか」

 おっと、危ない。変にネネ先生の事情を知っているだけに狼狽えそうになってしまった。

 教皇自らという事は、やっぱりネネ先生が自分の孫だからだろうか、なんて。

「なにせ、去年まで鎖国をしていた国ですので、情報が入るのも遅かったのです。得に、十一人目の枢機卿については、誰よりも若いとしか分かっていなかったので」

 ああ、だからキルケー様は、ネネ先生が本当に十一人目なのか分からず『かもしれない』と言ったのか。

 だったら、僕も黙っていた方が良いのかな。あの時、ネネ先生から自分は下っ端だって話を聞いたけれど。それがネネ先生からの信頼の証しだったのかもしれないし。

 ただ、ミュールズにとって重要であれば僕はいつでもオーガスト様や父上に話すつもりだけどね。

 きっと、それはネネ先生も分かっているはず。

「いずれ、明らかになるでしょう」

「そうですね」

 僕も何となくそう思う、と頷いた途端、再びゴホゴホと咳が出た。

「ああ、これは大変失礼を致しました。このような場所に貴方を立たせたままだった私をお許し下さい。水は私が取りに行って参りますので、貴方はお部屋にお戻り下さいますよう」

「い、いえ、そんな」

 悪いです、と言う前に持っていた水差しを奪われてしまった。

 第二騎士団の団長様にも丁重に扱われていたけど、副団長のキルケー様には殊更、繊細な淑女を扱うかのように恭しくされている気がする。……それが、どうしてなのかは分かっているから何とも言い難い。

 つまり――


「貴方は、コルネリオ様の大事なお方ですので、どうか自重して下さいますようお願い申し上げます」


 第二騎士団といえば、コルネリオ様の配下であるわけで。

 そんなコルネリオ様の寵愛を受ける僕たち双子を、第二騎士団の方々が気に留めない訳がないのだ。

「いや、ですが」

 今の僕は一応、オーガスト様の側近という立場でコルネリオ様とは関係がありませんよ、と本当はそこまで言いたかった。うん。言いたかった……のに。

「私が叱られてしまいますので」

 えー、それ言っちゃいます?としか言いようのない技を使われて、まさにぐうの音も出ない。

 コルネリオ様が厳しいのは、フェルメールを見て知っているから僕もそれ以上は強く言えないわけで。

「……分かりました。ご面倒をおかけして申し訳ありませんが、宜しくお願い致します」

 前世では縦社会で生きてきた所為か、年上の人を使うというのがどうも苦手なんだけど、これは受け入れるしかないのかな。というわけで、キルケー様にお辞儀をして送り出す。

「くれぐれも、部屋から出ないで下さいね」

「わ、分かりました」

 ……えっと、僕はどうしてここまで念を押されなくちゃいけないんだろうな。

 あっ!そういえば、一人で出歩かないようにと僕の婚約者の父君で同じく今回の旅の同行者でもあるクロード・ミルウッド卿にも言われた気がする。

 厨房に行くぐらい十分程度だし、問題ないと思うんだけど。……何故か、叱られそうな気がするのは気のせいであってほしい。うー。

 けど、あの人には黙っていても、何故かバレてしまうから下手に嘘がつけないんだよね。

「……これで良かったのかな」

 結果的には。

 はあ、とため息をはき出して部屋に戻ろうと振り返った所で。

「君にしては賢明な判断だと思うよ」

「う、……っ!」

 まさかの本人登場で、思わず叫びそうになった口を慌てて押さえる。

「ど、どどどど、どうして」

 あのね、本当にそれ心臓に悪いから!キルケー様といいクロード様といい、なに?もしかして、僕の心臓を止めたいの?

「少し早く目覚めてしまってね。それより、彼が戻ってくるまですこーしお話をしようか」

「えっ?えっ?」

 その笑顔がやけに恐い気がするのは、きっと間違いなんですよね?ねっ?

「いやぁ、イルも鈍い奴だけど君は輪を掛けて酷いようだ。あははは」

「えっ、ちょっ、あの……えーっ?」


 案の定、ドナドナの後には説教が待ち受けていた。……なにゆえに。


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