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一、惜しみなく与えよ。
「この馬鹿者っ!無鉄砲にもほどがあるだろうが!」
今回のエルたちの誘拐の件で、罵倒されたのは実はオーガスト様が初めてだった。
あー、耳がキンキンしてる。まさか、部屋に入った途端こんな風に叱られるなんて思わなかったよ。というか、父や陛下ではなくオーガスト様に、しかもアルではなく僕が怒られるなんてさ。
「申し訳ありませんでした」
「俺が何について怒っているのか分かって言っているのか!?」
えっと、何って。
「オーガスト様に相談なく、勝手に彼女たちを助けに行った事ですよね?」
情報を制限されていた所為で、ついさっきまでオーガスト様には知らされていなかったけど、セラフィナさんが誘拐されたって知ってたら真っ先に助けに行きたかっただろうなって。
「違っ、いや、それもある……が!」
それもあるんだ。いや、笑わないけどこの人って本当に素直だなぁ。と微妙に感心していたら、グッと拳を握ってオーガスト様が今にも殴りつけそうな勢いで緋色の瞳で僕を睨み付けた。
「お前は俺の宰相だという自覚はあるのか!?お前にもしもの事があれば、俺はっ……後悔してもしきれんではないか!」
と言ったその顔は、悔しさを滲ませていて。
暫定的な宰相候補なだけで、僕はまだ宰相ではないですよ、という言葉を飲み込む。
ああ、僕は今この方に本気で怒られてるんだ、という驚きもあったけれど。
「……ご心配をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
それより強く感じたのは、目の前にいる自分の主君への後ろめたさ、で。
「分かれば良いのだ」
自分が判断を見誤った事に気付いてしまった。
何が宰相になりたい、だ。
何が父のようになりたい、だ。
僕は、どれだけ独りよがりな真似をしてたんだろう。
――今まで。
気付かなかった。
気付こうともしなかった。
僕が父に憧れる事が出来たのは、ずっと陛下と父の関係を見ていたからで。
そんな父と陛下を見ていたもう一人の人物がいた事にも気付かなかった。
僕が、高みを目指す事が出来るのはオーガスト様が居てこそだ。
それはつまり、
オーガスト様が僕に絶対的な信頼と期待を寄せてくれているからなんだ、と。
……うわぁ、どうしよう。泣きたくなってきた。あまりにも自分自身が情けなくて。
それを隠すようにずっと頭を下げていたら、いつの間に近付いてきたのか頭上から声が降ってきた。
「今後は必ず俺を巻き込むようにな」
「っ、ふふ。すごい言い草ですね、それ」
うっすらと浮かんだ涙を拭って顔を上げれば、オーガスト様があまりにも得意満面な顔をしていたので思わず笑ってしまう。
「イエリオス、大義であった。いや、よく頑張ってくれた。彼女たちの無事とお前の帰還を、俺は心より嬉しく思う」
「急を要したとはいえ、この度は勝手な行動をしてしまい大変申し訳ありませんでした」
「いや、もう良い。それより、怪我の具合はどうなんだ?まだ痛みもあるだろうに、本当にお前には頭が下がる思いだ」
「……えーっと」
あ、と思い出したのは、そういえばこの人まだ僕たちの入れ替わりを信じてなかったんだっけという事と、アルの怪我を知った時の状況で。
「実は、怪我を負ったのはアルミネラの方でして。オーガスト様が学院にいらした時は、その、何というか勢いで僕も返事をしてしまったといいますか」
あの時は、売り言葉に買い言葉的な状態だったし、訂正する暇もなかったのだ。
なので、申し訳ないな、とは思ってますよ。なんて照れ笑いを浮かべて謝罪すれば。
「また、そのような嘘を」
「いえ、嘘ではなくて」
本当の事しか言ってませんよ?
「まさか、またお前が女装して学院に通っているとでも言うのか?もうその手の冗談は飽きたぞ」
いやいやいやいやいや。
そっちこそ、どうしてそんな頑なに否定するかなぁ?そんっなに、信じたくない何かがあるわけ?いや、そもそも。
「飽きるとか飽きないじゃなくて。あーもう!それでも信じてくれないっていうなら、証拠をお見せしますよ!」
こうなったらやけくそだ、とは言えなくもない。
だけど、あまりにも埒があかないので、僕の背中に傷がなければそれで分かってくれるはず。という思いをもとに。
「なっ、ど、どうした、急に!?」
上着のボタンを外して机へに脱ぎ捨てる。
「イ、イエリオス、ちょっと、ま」
そして、ウェストコートのボタンに手を掛けた僕に驚いたオーガスト様が慌ててそれを制止しようと僕の腕を掴んだ――その時。
「……ノックをしなかった僕も責任はあるのでしょうけど。殿下が、いえ、お二人がまさか、そういう関係であるとは知らず、大変申し訳ありませんでした」
不意に開いた扉から顔を出したマリウスくんが、顔を真っ赤にして目を逸らし。
「ええ、ええ。僕の事は気にせず、お二人でどうぞごゆっくりと」
作り笑いと丸わかりの顔で頭を下げて出て行こうとするものだから、泣きそうになりながら必死に止めに走ったのは言うまでも無い。当然、この後全力で否定した。
結局、今回もオーガスト様に分かってもらえなかったのが唯一の心残りとなってしまった。
明日にはオックス領に戻るというオリヴィアとアリアさんとお別れの挨拶をしてからの学院への帰り道。公には帰れないから、ずっと待たせていたノアと合流して近場まで辻馬車で帰ろうかなと思っていたら、目の前に一台の馬車が停まった。どこの家の紋章かなんて見なくても、それに乗っている人が誰なのかすら分かってしまう。
何となくこうなると予想していたけどね、と内心では苦笑い。
「近くまで送るよ」
そんなたった一言だというのに、僕の腰に響く声の持ち主はこの世にたった一人だけ。手間が掛けられていると一目見て分かる銀細工の装飾があしらわれた扉を開けて顔を出したのは。
「……コルネリオ様」
先程の制定で、けんもほろろに陛下に牽制されたその人で。
実は、僕が今、一番会いたくなかった人である。……だって、どういう顔をしたら良いのか分からないんだもの。
「じゃあ、俺は御者台にいる」
なのに、ノアときたらそんな事を言い出して。
「疲れてるんでしょ?たまにはどう?」
僕がどれだけ必死なのか分かっている癖に、無表情を装いながらも『ざまーみろ』という文字を顔に書いたノアは首を振った。……くっ。いつか仕返ししてやる。
仕方ない。こうなったら腹を括るしかない、と改めてコルネリオ様を見れば、それはもう後ろに花やらキラキラとした何かが飛んでいるかのような満面の笑顔で頷かれてしまった。
「……よろしくお願い致します」
なに、このドナドナ感。
すごすごと入ると、いつ見ても慣れない内装は豪華絢爛過ぎて僕には眩しい。馬車の中は狭いといっても、他の物に比べたら広い室内でしばしの沈黙。いや、ね?僕だって、これでも貴族の端くれだから、軽い雑談になるようなネタなら幾つかあるんだよ?だけど、コルネリオ様が目を合わせてくれないのでどうしたものか。
この人が、こういった態度に出るのはかなり珍しいケースだろう。
自分の反省点を振り返って思い出すのは、昨夜の抱き締めてからの突き放し、なんだけど。でも、あれはどう考えても為すがままだったとしか。
もしかして、嫌われてしまったのかな……と心配になってこっそり様子を窺っていると。
「ふふっ。ああ、もう駄目。そんなに笑わせないで、頼むから」
「えっ」
美形は何をしても美形である、とはよく言ったもので。ぷくく、と小さく吹き出して笑い出してもコルネリオ様は麗しかった。なんて、実はホッとしたというか。
「もしかして、私が怒っているとでも思っていたのかな?」
んー、残念!ちょっと違う、けど。
「まあ、そんな感じです」
概ねそうなんだけどね。本人へ直に、僕を嫌いになったのかと思ってました、なんて言ったらどんな目に遭わされるのか分からないというのが最大のポイント。簡単に言ってしまえば、恐いです。
「怒ってないよ。ただ、残念ではあったけれどね」
ああ、アリアの事か。
「昨夜、君がエルフローラ嬢と強い縁を再認識したのだとしても、陛下が彼女を認めていれば多少の強引な手を使ってでも君と婚姻させるつもりだったよ」
「なっ」
「それが、結論から言って最適解だからね」
『最適解』って……でも、さすがにそれは横暴ですよ。
「クロード様には既に睨まれてしまっているからね、そろそろ私は私のやりたいようにやっていくつもりだよ」
そう言ったコルネリオ様の緋い瞳は、いつもと同じように穏やかで優しくて。
――けれど、逸らす事を禁じられたかのような錯覚に囚われる。
「……どういう意味ですか?」
訊くべきじゃない、と頭のどこかでサイレンが鳴り止まない。なのに、聞かざるを得ない状況に持っていかれたような気がする。そこまで、コルネリオ様が計算しているはずはないのに。
「ふふっ。その内、きっと分かるよ」
その声は弾んでいて、とても楽しそうで。だからこそ、不安になってしまう。
「僕は、あなたが何を考えているのか分かりません」
「そうかい?」
ええ、と頷いて、ようやく外された事で自由になった視線は自然と膝の上の手に落ちた。
「アリアさんの地元の方々を『貴族狩り』にしたのは、コルネリオ様ですよね?」
別に、確信してる訳じゃない。
でも、そう考える方が自然だからそこに至っただけのことだ。
「さてね。まあ、少しばかり感情を揺さぶったかもしれないけど分からないな」
やっぱり、はぐらかされるとは思ってた。
「父から謹慎を言い渡されて、時間が余っていたので調べたんです。『貴族狩り』の襲撃を受けた被害者の方々の事を」
「へえ」
その時は、何となく調べてみようと思っただけだった。
「様々な派閥の方が襲われていたようですけど、別の視点から見るとオーガスト様を次期国王とする賛成派の方が約八割もいらっしゃいました。これは、ただの偶然でしょうか?」
「さあね」
やっぱりねー。僕ごときで、コルネリオ様がしっぽを出すとは思ってない。
だから、そういう生返事がくるのは分かってたよ。
――だったら、
「……ですが、反対派の二割には、上流貴族の中でも特に権力、財力、武力という何かしらの力を持っている方が多かった」
ここまで調べた時に感じた、僕の違和感を説明してほしい。
コルネリオ様は、本当はどっちの味方なのか――って。
「……」
見上げた視線の先にあるのは、芸術家が丹精を込めて作った人形のように、とても綺麗な笑顔だった。
「あなたは、何を企んでいるんですか?」
今なら、分かる。
コルネリオ様は、僕たちにずっと隠し事をしていたのだと。
おそらくそれが、僕とコルネリオ様を分け隔てている壁なんだ。
まだ昼間だというのにカーテンに覆われた室内には、馬の蹄と轍が回る音がうるさいほどよく響く。答えてはくれないだろうな、とカーテンを見つめながら諦めていたので、急に頬に手が添えられたので驚いた。
「君を、……君を今すぐ閉じ込めてしまえたら良いのにね」
そう言って、目をぱちくりする僕の髪をそっと耳にかけて笑ったコルネリオ様にドキリとしてしまう。
その冷たい手の感触が離れていくのを、何故か止めたくて。
「……コルネリオ様、僕は」
「どうやら、ここでお別れのようだね。今度はアルミネラと三人で食事でもしよう」
「……はい」
僕は、の後に何を言うつもりだったのか自分でも分からない。
それなのに、コルネリオ様に無理矢理話を切られてしまった事にも途方に暮れる。
全てがうやむやにされてしまったような、そんな気分。
馬車から降りた僕に手を降るコルネリオ様は、いつもと何ら変わりのない笑顔だった。
疲れた。
あー疲れた。心底、疲れた。
今回ばかりは、弱音を吐き出しても良いんじゃないかと思うんだよね。
あと、たまには僕から妹に甘えたって。
「いきなりどうしたのさ、イオ?」
ここ数日、ゴタゴタして忙しかったし、行方不明だったノアの顔も見せておこうと寮に忍び込んだ僕に天使が舞い降りたのだから仕方ない。
「今回は全く出番が無かったなー、残念!」と言う妹の邪気の無い笑顔に負けたと言って良いと思う。まあ、つまりは自分へのご褒美ということ。
そんなとびきりの笑顔を向けられて、抱き締めずして何が双子か。え?それは双子に対しての偏見だって?それじゃあ、僕たちだけという限定で良い。
背中の傷がまだ痛むだろうから、そんなにきつくは抱き締めてないけれど、この温もりを味わうだけで全てが浄化されていくように感じる。うん、何度も言うけどこれは幻覚じゃない。
後ろで、ノアがチッと舌打ちをしようとも、今だけは二人きりの世界に浸りたい。だから、ノアは今すぐ気配を消すべきだと思うのだけど。あー全く、この駄犬は気がきかないな。
「怪我の具合はどう?」
「んー、寝にくい」
そりゃあね、背中だもの。って、そうじゃなくて。
「傷口が痛むとか、熱っぽいとか」
「あー、そういうこと。痛いのは痛いけど、そういうイオが不安がっているような感じじゃないから大丈夫だよ」
それに、コルネリオ様の取り計らいで毎日お医者様が消毒に来てくれているからね、と耳元で笑いながら言われたので、こそばゆさを感じながらもホッとする。多分、そのアフターケアはアルだけだと思うよ、とは言わないでおこう。
「そっか」
「イオこそ、どこも怪我はしてないの?誘拐されたエルたちを助けに行ったんでしょ?」
なんて、僕に抱き締められながらも、アルが動ける範囲内で僕の体を見渡すけれど。
「あれ?どこでそれを聞いたの?」
「昼間にフェルが見舞いに来てくれたんだ」
「……そうなんだ」
あれから謹慎には至らなかったのか、という疑問が新たに浮上したけど飲み込んだ。それに、あの後フェルメールと話せなかったけど、大けがしてるんじゃないかって気になってたから、お見舞いに来られるぐらい元気だって事なんだろう。
「フェルも至るところ怪我してんのにさ、イオの話ばっかりしちゃって」
「えっ、な、何を話して?」
もしかして、男装してるご令嬢と勘違いされたことじゃあ。
「勇気があるってさ」
「そ、そっか」
あー良かった!さすがに、そこまでは言わないか。
「なあに、その顔」
「え、どっ、どんな顔?いや、ちょっ、フェルメールさんにお礼をしないと、ってね、思っただけで」
本当だよ?安心しすぎて顔が緩んだかもだけど。
「ふーん。あ、でも、騎士団を辞めるって言ってたよ」
「……本当なの、それ?」
まさか。
リーレンで監督生にまでなったのに?
「うん。まあ、コルネリオ様が承諾するか分からないけどね」
「そ、そうだけど」
それもそうだけど、どうして辞めようと思ったのか。
「気になる?」
「そりゃあね、……ずっとお世話になってるし」
とは言ったけれど。
実際は、フェルメールとコルネリオ様の間で何かあったのか、とか勘繰ってる自分がいて。
自意識過剰なのかもしれないけど、まさか僕が原因なんて事はないよね、と考えずにはいられない。
「ふうん」
「って、フェルメールさんの事は、今はいいんだよ。ねぇ、アル……ナオナシオ殿下の身代わりでノアに殺されそうになった時、アルは笑ったって本当なの?」
今日、お見舞いにきたのはこの話を聞こうと思っていたわけで。
「本当だよ」
……即答って。
「ねぇ、アル。どうして、笑ったの?」
死ぬかもしれなかったのに。
死にたい願望があるの?とは聞けない僕は情けないお兄ちゃんなのかもしれない。だけど、それを肯定されたらと思うと――恐い。
「私が死んだら、イオは喜んでくれるかなって」
「喜ばないよ!」
「あれ?やだなあ、覚えてない?」
「え?」
「なーんちゃって。冗談に決まってるじゃん!けどね、私が死んだら、そうしたらイオの心の中にずっと居続ける事が出来るのかなって思ったのは本当だよ」
「……どうして」
「だって、イオの一番は私でしょ?ということでー、負傷した可愛い妹の為に、兄は何でも言う事をきくべきだと思うんだけど」
明らかにはぐらかされたよね、これは。まあ、いつもの事だけど。
でも、妹を甘やかすのは兄の特権だと思うわけで。
「はいはい。分かりましたよ、お姫さま。それで、次は僕に何をお願いしたいの?」
仕方ないなぁ、と苦笑いを浮かべた僕に、今度はアルが飛びついてきた。
ああ、この顔は――
「それはね、」
これにて、六章の本編は終わりです。
たくさんの方に読んでいただけて、心から感謝いたします。
いつも通り、番外編は近日中に載せますのでもう少しだけお付き合いのほど宜しくお願い致します。




