16
閲覧とブクマ、そして評価をありがとうございます。
一、例え純黒の闇に飲み込まれても清廉であれ。
幸いなのは、このお屋敷が街中にあるということ。
貴族というのは見栄っ張りが多いから、少しでも土地が広ければ隣家との境界ぎりぎりまで建ててしまう。だけど、街外れとはいえ隣り近所がいる訳で、広大な敷地なんて滅多にないのだ。……うちは何故か土地が広いけど。エーヴェリー家は古くから続く名門だからと思いたい。
古めかしいゴシック様式の階段を上り詰めると、右手の部屋からちょうど出てきた男と出くわした。
僕もそれなりに驚いたけど、相手も予想していたノアじゃなくまだ子供ともとれる僕を見てびっくりしてたと思ったら。
「男だったとしても範囲内」
暗がりの中、ランプの明かりを浴びる僕を上から下まで眺めた後、そんな言葉を口にした。
「いや、確実にアウトだか、ら!」
というか、願い下げです。
「うわ、っぷ!」
ノアが彼女と戦うのは、ミルウッド卿と三人で話していた時から予想はしていた。だから、こういった荒事には向かない僕も、それなりに色々と用意はしていた訳で。
「なにしやがんだ、このガっ」
ポケットに仕込んでいた学院の砂を投げつけたあと、その勢いのまま装飾品として置かれていた壺を思いきり相手にぶつけた。
「……うわぁ、派手な音」
壺は割れてしまったけれど、それと同時に男が動かなくなったのでどうやら倒せたらしい。良かった、とホッと胸を撫で下ろしたら。
「こざかしい真似しやがって!」
「うっ、ぁ!」
いつの間にか真後ろに立っていた別の男に思いきり体を蹴られて、長い一直線の廊下を転がった。
直ぐに蹴られた部分が痛みを訴えかけてくる。
だけど、相手から目を逸らす訳にはいかない。
「目付きが気にいらねぇな、おらっ!」
「っ!」
それが相手の逆鱗に触れたようで、上から馬乗りをされて頬を平手で叩かれた。
「ああ?まだ、反抗的だな?おい!」
「っく!」
そして間を置かず、今度は逆の頬にも裏手が入る。……この人、子供相手でも容赦ない。とはいえ、子供だと舐めてかかれば、そこに倒れてる男の二の舞になるかもしれないと警戒しているんだろうけど。
「お前も、あのお嬢ちゃんたちみたいに大人しく捕まってろ!」
張り手をした事で僕の抵抗が収まった事に安堵したのか、男が縛る物を探して腰を浮かした瞬間を見計らい、躊躇わず男の喉元へと頭からぶつかっていく。
「うっ!」
――よし。
相手が苦しみから首を押さえて僕から退いたので、その隙に何とか立ち上がり、それから短剣を鞘ごと持ち上げ勢いをつけて男の首へと打ち込んだ。どうか上手くいって、という願いを込めて。
「……っ」
「……やっ、た?」
がくっと床へ倒れ込んだ男の顔をのぞき込むと苦悶の表情をしながらも目蓋は閉じていた。って事は、つまり。
すごい!前世で部活の誰かに聞いた時は絶対に嘘だって思ってたのに、本当に倒せるなんて。
半信半疑の子供騙しと思って実践してみたけど。……いや、だけどこれは偶然だろうなぁ。そうとしか思えない。
それに、よく分からなくて最後は力技でどうにかしたけど、多分違うと思うんだよね。
微妙にジンジンとする両手を閉じたり広げたりして確認してみる。何ともないけど、せめてエルとセラフィナさんを助け出すまでこの手も耐えてもらいたい。
ここから戻ったら、もっと基礎トレーニング増やしていこう、と心に誓って静かすぎる廊下の壁にくっついて様子を窺う。
あれだけうるさかったんだから、単純な人なら様子を見にきても良さそうなものだけど。
「そうじゃない、とみた方が良いんだろうな」
もしくは、ノアの方に総力を注ぎたくて、この階にいたのが二人だけだったとか?そんな訳ないよね――なんて思ってたら、意外と奥の方まで来られたけど。
大抵、最奥にあるのは寝室で。
のぞき込めば、大きな窓からうっすらと月明かりに照らされて、真ん中に配置された大きなベッドの向こう側で頭部が二つ揺れているのが見えた。
その髪の色で、誰なのかなんて直ぐに分かる。
「……っ、エル!セラフィナさん!」
思わず声を掛けてベッドまで駆け寄れば、二人が同時に振り向いた。
「んーっ!んーっ!」
ああ、良かった。
縄で拘束された上に、声を出せないよう猿ぐつわをされているみたいだけど、ここから見るに大した怪我はなさそう。
エルの無事が分かっただけでへなりそうになりながら、声にならない声をあげ続ける二人を安心させたくてベッドの上に乗って近付いた。
「本当に良かった。見つからなかったらどうしようかと思っ」
――た、と最後まで言えなかったのは、いきなり強い力で足首を掴まれた所為で。
振り向くと、
「おおっ!白金の髪は高値が付くが、その顔ならもっと高く売り飛ばせそうだな!」
「痛っ!」
ぎゃははは、と厭らしい笑い方をした男に、足を持ち上げれて乱暴にひっくり返される。それと同時にスプリングが大きく跳ねたものの、男は僕の足首を持ったまま馬乗りになって顔を近づけてきた。
あ、ちょっとこういう厳つい顔の人は苦手かも。というか、前世で嫌というほど絡まれたのでこれ以上はご遠慮願いたいです。
二人が声を声にならない声を上げ続けていたのは、もしかして室内にこの男がいる事を知らせたかったからでは、と今更気が付いても時既に遅く。
ああ、情けない。これは、エルとセラフィナさんを見つけて気が緩んでしまった僕のミスだ。
「っ、!」
どうにか抵抗を試みようと両手で男を押しのけようとして、足首を解放した男の手に今度は両手を一括りで捕まえられてしまった。このあっさり感が腹立たしい。
ベッドの横で、エルとセラフィナさんが立ち上がったのが見て取れたけど、どうやら逃げないように二人が背中合わせの状態で縛られていたようで藻掻いているようだった。それでも、声を封じられた状態なのに呻き声で抗議をしてくれているらしい。
「どれ、顔を見せてみな」
「止めっ、放して!」
そこに、空いた手でぐっと顎を掴まれ顔をのぞき込まれた。
意地の悪そうなにやけた目と合って、相手が更に弓形に歪ませたので気持ち悪さにゾッとする。
「ここに来るまでに誰かにぶたれたな?ったく、誰だよ!大事な商品だってのに」
そう言って、先程の乱暴さが嘘のように妙に優しい手つきで口の端を親指で拭われた。
ノアが敵視している人物は、人身売買にも手を染めているという事だったし、男の言動で否が応でも理解してしまったけれど。
「もしかして、彼女たちも」
そのまま殺さず連れていくつもりだったんじゃあ?
「一人は見せしめで殺せって言われてんだよな。ああ、ちょうど良いや。どうせ最後には離れちまうけど、お前はどっちを生かせたい?」
「なに言ってっ!」
信じられない。
さも、良い事を思いついたなんて顔をしているけど人格を疑う。人の命をなんだと思ってるの!?
「人でなし!」
「そうじゃないとやっていけない商売なんでな。ま、いいや。それより、お前みたいな顔の良い子供は男も女も買いたがる連中が多くてな。せいぜい、その顔の傷が治るまで俺が喜ばせ方をたたき込んでやるよ」
……あのさ、この人どうして舌舐めずりしているんだと思う?
しかも心なしか息も荒くなってるし。というか、さっきから僕が睨む度に微妙に嬉しそうなんだけど。もしかして、変わったご趣味をお持ちでは?なーんてね。あははは。……笑えない。
後、自分たちのどちらかが殺されるかもしれないという話が出た時よりも、今この時に猛抗議するエルとセラフィナさんが心配になってくる。僕より自分を大事にしてもらいたい。これ、僕からのお願いです。
「ったく、うるせぇな!大人しく見とけよ」
いやいや、断じて見ないでください。っていうか。
「よくこんな状況で、……っ、ちょっ!」
まさか、ここでシャツのボタンを外されていくとは思わなかった。しかも、手慣れている所をみるに、この男はこれまで何度も『商品』に手を出しているのかもしれない。
最悪。この人、最悪。状況も、最悪。――僕も最悪。
婚約者の前で男に乱暴にされたのは二度目だけど、こんな場面なんか見せたくなかった。
しかも、今回は女装じゃないのに。
情けない。
情けなくて、すごく悔しい。
いっそ、この絶望を味わったまま、ノアが助けにくるまでこの男の好きなようにさせておいた方が良いのかな、と思えてしまう。僕に夢中になっている間は、少なくともエルたちの安全は保証されるわけだもの。
「こんな綺麗な肌は今まで見た事がないぜ」
ごくり、と唾を飲み込む音が間近から聞こえて、ぞわっと背筋が凍り付く。あーやっぱり気持ち悪いな、と嫌悪感と吐き気がこみ上げてきてどうしようかと思っていたら――ふと、それが視界に映った。並ぶ影は二つある。どちらも、怒りに満ちているのがありありと見て取れた。
僕のために、ここまで怒ってくれるなんて……って。
え?ちょっ、待って。何かしようとしてる?
「んーんっ!」
しかも、それがまるで合図のように聞こえて、
「ぐあっ!ってぇなー!なにしやがる!!」
……うん。やっぱり、かけ声だったか。というか。
二人とも、どうしたの?セラフィナさんなら分かるけど、まさか、普段から淑女としての作法を重んじるエルまで人を足蹴りするなんて。
あらあら、ごめんあそばせー、みたいな顔してるけど、僕の上からだけじゃなくてベッドからも転がり落ちるって相当な強さだからね?そりゃあ、拘束されている状態で止めるには唯一自由な足を使うしかないけどさ。
「んんんんっ!」
あ、はい。
うーん。セラフィナさんの発している声が言葉として成立していないはずなのに、追い立てられたし。 しかも、キッと勇ましい目を向けられたので、苦笑する暇もなく慌ててベッドから下りて男の傍まで歩み寄る。
「……んあ?」
渋い顔を更に渋らせた男は、あまりにも痛かったのか床に座って女性陣二人に蹴られた脇腹を思いきりさすりながら僕を見上げた。
ああ、なんて無防備な。
けれども、ここは致し方ない。
「同じ男として先に謝っておきます。その、……ごめんなさい!」
と、蹴り上げる為足を引く。男は、何をされるのかそこでようやく気付いたようだけど。
「なっ!や、やめろ!おまっ、そこは、~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
僕の方が、一足早かった。
ブーツ越しだけど感触が生々しい……これは早く忘れたいかも。
「ーーーーーーーーーっ!!」
……ああ。うん、分かるよ。男にとって、そこを攻撃されるとほんと息も出来なくなるぐらいの地獄だよね。ほんと分かる。僕も、自分でやったとはいえ他人事ながら想像するだけで恐ろしいもの。
だけど、加減はしても容赦は出来ませんでした。すみません。
むしろ、どうせするなら身動きが出来ないぐらいにしなければ、という不安と、先程のお返、えーと自分を保身する思いの方が強かったんだよ。だって、また襲われても困るじゃない。
これでしばらくは安静にしておかないと辛い、というのは僕も知っているので、サラから渡された恐ろしく切れ味の良い短剣で慎重にエルとセラフィナさんの縄などを切り解く。
「……イオ様」
ようやくずっと聞きたかった声が聞けた。
だけど――
お願いだから、名前を呼ばないで。
僕だって、本当は今すぐにでも抱き締めたいのに我慢してるんだから。エルが生きているという確かな感触を感じたいよ。
でも、そこで悶絶している男がいる前ではちょっと……ね?
「行こう」
二人を引き連れて、部屋から廊下の様子を窺う。
……うーん。上にいたのは、三人だけだったのかな?それならとてもありがたいのだけれども。
行きとは違って、やけに静かな廊下には人の気配がなくホッとする。エルたちを無事に助け出せたから、緊張がほぐれてるのかも。
これって、良い事でもあるけど悪い事でもあるんだよね。……最後まで気を張らないと。
先に廊下へ出てから、周りをもう一度見渡して二人に付いてくるよう指示を出す。
ああ。どうか、このままノアと無事に合流出来ますように。お願いだから!とは思っていても、二人を不安がらせないようにしたい。これって、贅沢な悩みなのかな。
「二人とも、怪我はしてない?」
慎重に進みながら、後ろを見れば拘束されていた疲れはあるだろうに、彼女たちはにっこりと笑顔で首を振った。さすがは、貴族の子女たち。
「そう、それは良かっ」
「全く、良くありませんわ。イオ様のお顔が腫れておりますもの。口の端が切れて血が出ていますわ」
「……っ!」
近い近い!エルさん、綺麗なお顔が近いんだってば!
後、セラフィナさん……私、空気が読める女ですから、みたいなオーラ出さなくても良いからね。こういう時こそ、邪魔をしてくれたって構わないんだよ?
「私……、必ずイオ様が助けにきて下さると分かってましたわ」
――ああ。もう……なんていう笑顔を見せてくれるのかな、僕の婚約者殿は。
「信じてた、ではなくて?」
まさか、エルに期待ではなくて確信されているとは。
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「ええ、私があなたをどれだけ見ているのかご存知ないでしょうね。自慢ですけれど、私はあなた以上にあなたの事を知っていますのよ」
「……自慢なんだ」
そう言い返せば、彼女はくすりと小さく微笑んだ。
今まで、僕たちはこういうやり取りを何度もしてきた。それこそ、数え切れないほどに。
だけど、ここで何故か不意にミルウッド卿の『エルの夢』の話を思い出してしまった訳で。内心で慌てふためいていると、エルは僕の手、ではなく――恥じらいを頬に乗せて、彼女は僕の指を優しく掴んだ。
「あなたのお側にいるということ。それが、私の夢ですもの」
「そっ、それじゃあエルに嘘はつけないね」
あうううっ……テンパり過ぎだ!もっと気の利いた事が言えないの、僕!?
ほらぁ!セラフィナさんも何となく呆れた目になってない!?って、口元がにやついてる?あ、あれはいつものアレか。僕のヘタレっぷりでさえ、セラフィナさんにとってはご褒……最後まで言いたくない。嫌だ、自己嫌悪でもう泣きそう。
「はい。ですから、覚悟して下さいませ」
「っ!」
……えっと。さっきはごめん、セラフィナさん。君の気持ちが今は痛いほどによく分かったよ。
だって、好きな人の特別な顔を見る事が出来たなら、誰だって嬉しいよね。
上目遣いのウィンク、可愛い……っ!
……いや、うん。一旦落ち着こう。高鳴りが止まらないけれども、心臓も頑張って平常心を取り戻そうか。なんて、そう言って簡単に戻る訳ないよね。知ってる。
ほんとにもう。
全く、エルには敵わないな。
アリアとの婚約の件を分かっていて、こうもきっぱりと宣言してくれるんだからかっこよすぎて惚れ直しちゃうよ。
僕が彼女を諦めてしまっても、彼女は僕との未来を諦める気はない――なんて。
「ふふっ。イオ様、可愛い」
セラフィナさんも、このタイミングで言わないで欲しい。
こんな、顔から火が出そうなくらい真っ赤になっていそうなのに、可愛いもなにも。
「美しくもあるが可愛くもある。おんなじ意見だ」
――え?
「なっ!」
しまった、と思った時にはその声の主は既に目の前に立っていた。
さっきまでは確かに誰もいなかったのに――と相手をジッと見つめれば。
「……あ」
この人、男でも範囲内ってのたまった人だ。あー、なるほど。どうりで、いきなり現れたわけだよ。 だって、そこら辺にずっと倒れてたんだもんね。あはは、……とか笑ってる場合じゃなくて。
やっぱり、壺をぶつけるだけじゃあ駄目だったんだ。
「エルたちはもっと後ろに下がってて」
「賢明な判断だ。よし、嫁にしてや」
「お断りします」
ついさっき、初めて会ったばかりだよね?それに、僕さっき砂を投げつけたんだよ?そこまでされてるのに何考えてるの、この人?ヨクワカラナイヨ。
「困惑か。その顔も良い!」
いや、あの、グッて親指立ててウィンクされても困ります。
「……なんてこと!私の生き甲斐とまるっきり被ってるじゃない!」
セラフィナさんも、おかしいから。しかも、生き甲斐って思いきり言ったよー!僕の顔を見るのはもはや生き甲斐なの?もうそういう領域に達しちゃった!?というか、ね。散々、心の中で突っ込んじゃったけど、ちょっと黙っててもらえないかな。
「見逃してもらう訳には」
そんなに僕の顔が好きならば、としおらしくして首を傾げて問いかけてみるものの、相手は黙って首を振った。
「ですよね」
そうなると、残るは一つしかない。
相手を見据えたまま、姿勢を正す。それから、肩の力を抜きながら、一つゆっくりと息を吐き出して吸い込み、そして吐き出す。
「良い目だ」
それはどうも。
去年の新歓パーティでは、不意打ちだからこそ体格差がある大人に勝てたんだと自分でも思ってる。まあ、直ぐに体が悲鳴を上げたけど。
あれから、無理をしない程度に運動はしていたから、少しぐらいは体も強くはなってきてる……はず。自信はない。うん、きっぱり言うよ。
――でも、やるしかない。
過去、という名の前世を思い出す。試合前の緊張と昂ぶり。
体は違えど、目の前の敵を制すのは同じこと。
相手は、一度目に油断してというか目つぶしをくらって僕に倒されたにも関わらず、どうやら僕のする事を面白いと思っているらしい。この世界に柔道なんていう競技がないのもあるけれど、にやにやと見下ろされている状態で、組み手争いもなくするりと男の服を掴めた。
――ので。
その勢いで技を仕掛ける。
「あれはっ、袖釣込腰!ああ、一連の動きがすごく綺麗!!」
重量感のあるズダン、という音と共にアナウンサーの血が騒ぐのかセラフィナさんがやや興奮気味に煽るものだから、何だか気恥ずかしい。おかげで、エルが興味を持った顔になってるんですけど!
「まあ。どういう技ですの?」
「簡単に言うと、相手を腰に乗せて投げる柔道の腰技の一つです」
省略し過ぎ。だけど、まあいいか。
「……ってて。何だ、今のは」
だよねー。そうだよねー、そうだと思った。
結局、柔道技だとそうそう気絶に至らないんだよね。禁止されている技を使う以外には。
でも、それを使うのは僕の矜持に反するから絶対にしないけどね。
「面白い。もう一回やってみろ」
「ええっ!?」
あ、思わず本心が口から出ちゃった。
この体で前世と同じように、何度も技を仕掛け続けるのはさすがに無理だもの。だけど、それをバラす訳にはいかないし。
「じゃあ、こっちからいくぞ」
「……っ!」
その声に反応するより先に、僕よりも大きな体に抱きすくめられる。
「イオ様っ!」
後ろからエルの動揺した声が聞こえて、直ぐに冷静さを取り戻せた。
確か、こういう時は相手の髪を掴んで思いきり遠ざけて、と。
「ってぇ」
それから、相手の顔面に拳を入れたら、相手が怯むのでその隙に間合いを取る。
「……その撃退法をしている人、初めて間近で見ましたよ」
「何度か、こういう講習に付き合わされた事があってね。僕も自分が当事者になるとは思ってもいませんでしたよ」
実は、内緒だけど学院でも何度か実践済みだったりするけどね。体は覚えているもんなんだぁ、と改めてつくづく思う。
「ってぇな。やるじゃないか」
いや、たまたまというか。
「ますます面白い」
うわぁ、ますますピンチに。というか、本音を言えば、本気で切羽詰まってます。あーどうしよう。
「ふっ、恐いのか?安心しろ、一瞬で気絶させてやる」
「なに言っ、!」
最後まで聞いてよ!という僕の思いを無視して、男は鳩尾を狙って殴りかかってくる。これをいなすぐらいならどうにか出来そうだけど、続けざまに追撃されるのは明白で。
「……っ」
あーもう!こうなったら、やれる事は全てやってやる!!
この体が、それにどこまでついて行けるのかは分からないけど。
勢いにのった男の拳をずっと目で追っていると、その後ろから黒い影が飛び上がったのが見えた。
「っは、」
と、小さく息が零れる。
――そこからは、あっけなかった。
拳が僕に当たるより先に、男は急に糸が切れたマリオネットのようにばたんと倒れてしまったのだから。
後ろで僕を見守っていたエルたちからも、息を飲む音がしたほどに。
言葉が出ないぐらいに驚いている僕たちに、倒れた男の上に乗っかっていたそいつは、ぐらつく事なく立ちながら頭を掻いてこう言った。
「帰るぞ」
言うに事欠いて、それ?




