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一、己の信念を貫く姿勢にある。
帰る間際のミルウッド卿に聞いた所によると、指定された街外れにある青いお屋敷の所有者は既に夫妻共に鬼籍に入られた男爵で。そこだけ注目すれば、特に何も問題はないらしい。
けれど、その男爵を調べていくと、行き着く先にいたのは――。
「そこを動くなよ」
命令形なのは気に入らないけど、今は言われるがまま従うしかないノアの声で我に返る。もうこれで何度目かな、と数えるのは両手の指を過ぎた時点で止めることにした。
僕が思うのはただ一つ。
ノアの為にどれだけ動員してるの?
……という事だけ。屋敷内に入るだけでわらわら出て来るし一歩進む毎にうじゃうじゃ現れるから、前世でよく合宿中、後輩に付き合って遊んだ人生ゲームを思い出しちゃった。あれはよく里中に子供生まれて大変だったなぁ、とか。いや、今はそんな事どうでもいい。
とにかく、ここにノアをおびき寄せたい人物は、その有能さを理解しているからこそ少しずつでも体力を削っていきたいというのが凄く分かった。
「はあ、めんどくせ」
まあ、当人にとっては、準備運動ぐらいにしかなってないみたいだけど。
白銀の頭を掻き乱して、あくびをかみ殺すノアをちらりと見てみる。僕より既に大人であるノアは確かに大きいけれど、この体のどこにそんな身体能力があるんだか。
「あのさ、前々から不思議に思ってたんだけど」
「あ?」
その目つきチンピラから昇格してない?っていうか、ここまで人の話を聞く態度じゃないって逆に凄いよね。
「本当は、ナオの身代わりをしたアルを、君なら確実に殺せたんじゃないの?」
その時の状況というか、詳細はよく知らないけど。
ただ、アルはフェルメールとレインに助けられたとか言っていた。けれども、こうして目の前でノアが簡単に人を打ち倒していくのを目の当たりにすると、もしかしてわざと手加減したのではと思えてならない。
だって、ここまで暗殺の技術に秀でているなら、寝台にいるのがナオじゃない事なんて見抜いていたはずだもの。
僅かな表情の変化も見逃してやるもんか、と真正面からノアを見据える。多分、こういった話はこういう非日常の時でしか話せないし、馴れ合う気などないから今後こんな機会はもう滅多にないだろう。
いずれはエーヴェリー家を引き継ぐ身として、大事な妹に付きまとうこの男の本心は知っておきたいと思う訳で。
「……」
うわぁ、やっぱり面倒臭そうな顔になった。
「……」
それからお次は、威嚇ですか。あーでも残念、僕には全く効かないよ。そういうのは、自慢じゃないけど前世で絡んできた不良グループで鍛えられてる。
「……だったら何だよ」
「逆ギレね」
最終的にそうくると、実は予想していましたとも。
「君がどういうつもりでアルの傍にいるのか分からないけど、あの子を守りたいなら全てを切り捨ててくれないかな」
長い、さながら死刑台へと続くかのような廊下を歩き、僅かばかりの光が漏れる最奥の部屋の手前で立ち止まる。
ここから先は、何があるか分からない。きっと、お互い余裕が持てなくなるのは想像に難くない。緊張感を孕んだ空気をひしひしと味わいながら、僕を睨み付けるノアを睨み返した。
「生意気なんだよ」
「まだ分からない?これはお願いじゃなくて命令だって。アルの為に、過去と片を付けてきてよ」
「言われなくともやってやるよ」
よーし!言質は取った。これでアルを泣かせたら、解雇よりも酷い目に遭わせてやる。
ふふん、と薄笑いをした僕に対して、ノアがチッと舌打ちをする。お互いに気にくわないのだから、そんな態度もやっぱり腹が立つ、けれど。
「まだなの?」
部屋に入らず扉の横に身を潜めていたのに、やはり部屋の中にいる待ち人にはあっさりと見抜かれていたらしい。少し退屈そうな声音は至ってまともで、あのお菓子屋で話した時と全く同じように感じられる。いまだに、僕はあの時のお姉さんがノアの同業者だと実感が湧いてない。目の前でエルたちを誘拐されたっていうのに。
ノアを見れば、当然のように赤い瞳とかち合った。
「……」
「……」
されど、口にしなくとも考えている事は同じなので、直ぐにお互いが顔を背けたのは言うまでもない。
「行くか」
はあ、と白い髪をかき上げて、ノアが大広間の戸口に立った。そのまま中へと入るのかと思いきや、小休止とばかりにそこへ凭れてしまったので仕方なく廊下から中をのぞき込む、と。
「またお会い出来ましたね、ノア様?」
「『様』とか言うわりに、初対面から殺る気で来たよな?」
古めかしいダイニングテーブルに置いた銀皿の上の蝋燭。その仄かな灯火の横で女性がテーブルに腰掛けて足をぶらつかせているのが隙間から見えた。
異国の人間とはいえ、その女性らしからぬ行動と好色な人が見れば鼻の下を伸ばしそうな軽装からいって、僕は考えを改めないといけないのだろう。きっと、図書館の時もお菓子屋の時も、この人は僕を騙すために淑女らしい恰好をしていただけなんだから。
「私にあっさり殺されるようなら必要ないと言われたので」
「……へぇ」
その言葉で、ノアの声のトーンが低くなる。それと同時に、ぞわりと背筋が凍ったので僕にすら分かるほどの殺気をノアが放った事に内心で驚いた。今まで蔑ろにされてはいたけど、アルの兄という立場だからか僕に恐いと思わせる真似はした事がなかったもの。
剣呑な光を携えて、ノアが彼女を睨み付ける。
「あいつは何処だ」
「さぁ?今頃はもう海の上でしょうか。そういえば、伝言を頼まれていました。確か、そろそろ役に立つよう、に、って。くっ!」
「……っ!」
――ふ、ぁっ!
なに、これ。もう、殺気じゃなくて殺意そのもの。
思わず、僕も声が漏れそうになって手で口を塞いだ。
いきなり、これはないんじゃない?お姉さんも、さすがに体が震えてたぐらいだし。
ノアにとって僕は範疇外でしかも後ろに立っていただけなのに、全身から汗が噴き出るほどの感覚を味わってしまった。
コルネリオ様のイケボは腰にくるけど、ノアのそれは確実に息の根を止めにかかってる。
多分、地雷源だったんだろうな。
僕には関係がないけれど。
チッと舌打ちをしたノアの目に、誰が映っているのかは分からない。だけど、確かなのはその人物が相当ノアに恨まれているという事だけで。
「……あいつ」
「あはっ、あはははっ!本当に、そんな言葉で怒るんですね!」
「……どういう、こと?」
っと、つい声に出しちゃった。いけないと思いながらも、先程からの意味深な会話に聞き入りすぎてしまってた。……これは、今のノアなら僕なんて瞬殺の恐れが――と。
「……」
ちょっ、軽くため息つくの止めてくれない?なんか、馬鹿にされた気分なんだけど!
抗議してやろうか、とノアを睨み付けたら、その隙間から例の彼女と目が合った。
「あら、貴方が来たのね?……そう。てっきり、昼間のお嬢さんが来るものと思っていたわ。お嬢さんだったら、現実を思い出してもらう為に真っ先に殺してあげるつもりだったのに残念ね」
ここにきて、ようやく僕を男だと認識出来る人に出会えたのは嬉しいと思う。
――でも。
凄く物騒な言葉を貰っているような。
「……どういう意味ですか」
彼女がどうやら僕とアルの入れ替わりに気付いてないというのは分かったけど、女装した僕であってもアルだとしても、ノアのために殺すというのはさすがにおかし過ぎやしませんか?
「ただの嫌がらせだ、黙ってろ」
いやいや、嫌がらせにしては過激すぎない!?しかも、どういうコンセプトなの?
「これだから双子は嫌だわ。あのお嬢さんを殺しても同じ顔が残るもの。けれど、果たしてその子に貴方が制御出来ると?」
「制御?はっ、笑わせるな。俺がこんなクソガキに仕えてると本気で思ってるのか?」
言ってくれるよ。ただまあ、今は無粋だから反論はしないけどね。
せめてという思いで、冷めた目で仰ぎ見る。のに、ノアはついさっきまでの殺意は何だったのかというほどに笑みを浮かべていた。それはもう、赤い瞳が活き活きとしていて実に楽しそうだった。
「俺が選んだのは、こいつより、いや、お前よりも死ぬ事の意味を理解している奴だ。今まで散々殺しをしてきたが、首を絞められてるのに笑った奴を初めて見たよ。あんな風に笑う奴を、殺す事は出来なかった」
さっきは逆ギレしたくせに、ちゃんとアルを見逃した理由があるんじゃない。
でも、そっか。
アルは、殺されかけて――――笑ったんだ。
「だから、俺は最期まで見届ける。何があっても」
「つまらない物に成り下がったようですね。それなら、貴方の死体を解体するまでです」
と、女性がまるで新体操の選手のように机からぴょんと跳ねてノアの傍へと着地する。その距離わずか三メートルほどで、思わず一歩身を引いた。
「本音が漏れたな。あいつは、俺を連れ戻したいんじゃない。俺に盗られた物を取り返したいだけなんだろう?」
「さあ?下っ端の私には分かりかねますぅ」
うわぁ、今まで見た事がないくらいの分かりやすい営業スマイル。これ、どう見ても煽ってるよね。
今まで出会った事がないタイプだけど、あまりにも性格が悪すぎて苦笑を禁じ得ない。
すると、彼女が僕を見て意味ありげにくふり、と笑った。
「怪我をしているのに、婚約者を助ける為ここまで来るなんてご愁傷なこと。けど、残念な事にあの子たちの命が消えるまでもう一時間をきっているわよ」
「なっ、どういう事ですか!?」
一気に血の気が引いたのが自分でも分かる。
クラクラとなりそうな足を踏ん張って拳を握りしめれば。
「今日までというのが命令だったの。だから、もう少し遅くに来てもらえていたら、私が手をかけて苦しくないよう一瞬で殺してあげたのに」
「――っ!」
そんな。
それじゃあ、もし、ノアと会えなくて明日か明後日に騎士団とここへ突入していたら、エルとセラフィナさんは――
「胸くそ悪い。おい、先に探しに行ってろ。多分、ご令嬢たちは上の階のどこかにいるはず、だっ!」
最後の言葉まで待たず、目の前で女性がノアへと襲いかかる。それを余裕で跳ね返したノアが、追撃を受けながらも血のように真っ赤な瞳で僕を促した。
「後はお前一人でやれ」
大方の戦力は削いでやったんだから感謝しろよ、と。
まあ、そうなるだろうなとは思ってたよ。




