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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第六章 誰が為に鐘は鳴る
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閲覧とブクマ、そして評価もありがとうございます。

 騎士、とは――――




 改めて前世から考えてみても、僕は協調性がある方だと自負している。例え、嫌いな相手や苦手な相手を前にしても、にっこり愛想笑いを浮かべて日常会話だって平気でやれる。

 それは、今生が貴族の嫡子で更に父の仕事上、そのように育ったというのもあるけれど。そうする事で、調和が保たれるなら、友好な関係が築けるのならそれに越した事は無いと思うからだ。

 例え、お互いの本心が全く別であったとしても。

 それに、どう思われていようとも、その感情とはその人だけの物なのだから僕が口出す権利はない。

 ――けどさ。

「あー!ほんっと、お前なんて大っ嫌いだよ」

 唐突に、うんざりするような目付きを向けてくるこの男だけは我慢ならない。あと、僕も当然同意見だという事は述べておく。

「自分の運の悪さを、全て僕が悪いみたいな言い方しないで欲しいな」

「何だと、クソガキ!」

「仮にも雇用主に対してその態度はどうなの?やっぱり、戻ったら再教育は必須だね」

 つくづく、このチンピラ従者とは相性が悪い。それでも、こうしてこの男とは闇夜に紛れてエルたちを助けに行かなくてはいけない訳で。

 ミルウッド卿と話し合いという名の救出会議をしたのは、つい数時間前。ノアが現れないかと寮を監視している騎士たちが交代する隙をついて、僕たちはこっそりと抜け出してきた。駄犬だけだと不安らしくサラが渋っていたけれど、部屋を留守にすべきではないのでどうにか宥めて残ってもらっている。

 という訳で、エルたちを助けるのに女装やウィッグは必要ないので、サラに用意してもらった至って普通の私服で移動していたわけだけれども。

「最近、なかなかお貴族様に会わず、今日もスカかと思ってたのにようやく会えたのが女とはな。こんな時間に出歩くとは感心しねぇな、お嬢サマ?」

 らしいですよ、お嬢さま!なんて言いながら、僕もそれに倣って後ろの路地へと振り返れば、暗闇が広がるばかりで。

「いや、あんただよ」

 でーすーよーねー。

 そうじゃないかなと思ったけど、認めたくなくてわざと受け流してみたんだよ、と言いたいのをぐっと我慢したら、ため息がこぼれ落ちた。

 だってさ、ズボンにウェストコート、それに長ブーツなんてどこからどう見ても男でしょ?いくら最近は女装している時間の方が長いといっても、文官として王宮に上がっている時はこれに上着を羽織ってるだけだよ?至って普通の服装だよね。なのに、夜中というだけで間違えるものなの?

 よもや、男装している女の子とでも見られているのか。本気でショックなんだけど。

 と、うなだれた矢先。

 先程の、ノアの大々的な僕への大嫌い宣言が続いたのだった。そりゃあ、ちょっと嫌味でも言いたくなるよね。僕は悪くない……はず。っていうか、これって言いがかり以外の何物でも無くない?

「確かに、彼らと遭遇する確率なんて考えてもなかったのはこちらのミスだけど」

 それは、君もでしょ?とノアを仰げば、軽く睨まれはしたものの言い返される事は無かった。むかつく、って顔には書いてあったけど。

 ――そう。


 僕たちは、目的地へ行く直前で、今や貴族にとっては恐怖の対象でしかない『貴族狩り』とばったり出会ってしまったのだ。


 この引きの良さは何なんだろうね。

「女には手を出さねぇ。その代わり、そっちの従者にはあんたの代わりを務めてもらう」

 煌々と射す月明かりの中、僕の視界に映る十人以上の集団の手にあるのは短刀や剣や槍、そして斧といった様々な武器がずらりとあって統一性が全くなくて。なるほど、コルネリオ様から聞いていた通り、彼らが労働階級というのは間違いないと何となく察した。とまあ、それはいいとして。

「あのですね、」

「ああ、良いぜ。ただし、こっちは時間もねぇから手加減が出来ない。それは覚悟しておけ」

 一人対十数人という不公平さを語るのに、まずは僕が女性ではないと誤解を晴らそうとした所、ノアが言葉を被せてきたのでびっくりして彼を見る。この状況の中、この男に庇われたのは明らかで。

「え、……気持ち悪い」

 おっと、本音が漏れた。

「じゃなくて。君にとって足手まといでしかないけど、僕も戦うよ」

 こういう時のために、サラからもの凄く切れ味が良いという理由で手渡された短剣があるんじゃないかなと。ちなみに、彼女が何を使って切れ味が良いと判断したのかは聞いてない。だって、恐い。

「お前、下手にあいつらに混ざってみろよ、間違って殺すに決まってるだろ」

「決まってるんだ」

 はい、ついでに本気の表情もいただきましたー。しかも、心なし嬉しそう。とか、そういう掛け合いはもういいんだよ。

「相手は君のようなプロじゃないでしょ」

 どう見ても。

 ただ集団で、しかも既に何人もの貴族に怪我を負わせているからか、道徳的観念は麻痺しているには違いないけど。

「俺に敵意を向けた時点で、殺される覚悟は出来てるはずだ」

 いやいやいや、ノアさん。本気で言っているようだけど、その理論間違ってるからね。

 きっと、今まで彼らに遭遇した貴族たちは、己の命を如何に守るかという事に悩んだかもしれない。なのに、僕はといえば、逆にどうしたら彼らが殺されないで済むだろうか、と考えなければならないなんて。……普通に考えてもおかしいよね、これ。頭が痛い案件間違いなし。

 エルたちを助けに行く前から、こんな事で悩まされるとかどういう苦行だよ。

「おい、何をさっきからコソコソ話してるんだ?」

「今まで俺たちに会うと逃げ出す連中が多かったから新鮮だけどよ、内緒話をされるのも見ていて胸くそわりぃもんだな」

 しかも、それが女ときた、と団体様で笑い出すので、僕としてはうんざりするばかり。

 あのさ、これはもう本気で男装じゃなくて本物の男だって告げるべきじゃない?と口を開いた、その時。


「俺のお嬢様を、あまり舐めない方が良いぜ」


 後ろから聞き慣れた声がしたかと思うと、その声の主は立ち止まらずに僕を通り越して、更には僕の視界を塞いでしまった。

 何故、こんな所にこの人が、と驚かずにはいられない。

 だけど、その背中を見るだけで安心感が生まれるのはどうしてだろう。

「……フェルメールさん」

 そして、何より。


 名前を呼んでしまえば、心が落ち着く。


「おうよ」

「さり気なく、俺のって主張するの止めてもらえます?」

「他に言う事はねぇのかよ!」

 いや、だって、……ねぇ?

「それより、あんたあそこからどうやって抜け出してきたんだ?俺を助けた所為で、目を付けられてたんじゃないのか?」

 他に騎士がいないかと周りを警戒するノアに、フェルメールがいつもの悪ガキのような笑顔を浮かべる。

「まあな。ぶっちゃけ、昨日の急展開で新人いびりしてる暇がなくなっちまったらしくてな」

「で、ここに?」

 監視が解消された途端、何の躊躇いもなくここに来たという事にノアも少なからず驚いているらしい。

 だよねぇ。一体、何を考えているんだか、と呆れた目で見つめればフェルメールにフッと鼻で笑われた。え、何故に?

「あの方の命令を、お前が素直に聞く訳はねぇって思ってたからな。ほんっと、俺の予想通りに動くよな、お前は」

 ……それ、絶対に褒めてないよね。

「すみませんね」

 どうせ、僕はアルと違って捻くれてますよーだ、と心の内で舌を出すと。

「いーや。そういう所がめちゃんこドストライクで好きだぜ」

「っ!」

 今までと何一つ変わらないはずなのに、フェルメールの照れた笑顔に息を飲みこむ。

 いきなり、どうして。


 ……あまりにもストレート過ぎて、言葉に詰まるよ。


「俺はもう我慢しねぇことにしたんだよ」

「な、何ですか、それ」

 それじゃあ、まるで。

「あのよ、クソガキに男が出来ようと俺には知ったこっちゃねぇから、そういうのは後にしてくんね?」

 この駄犬は……ばっさり思考を断ち切るの、ほんと得意だよね。それより、聞き捨てならないんだけど。

「は?婚約者持ちの僕に喧嘩売っ、」

 てる?と言いきる前に、勢いよく天敵のノアに腕を掴まれ抱き寄せられてしまう。

 驚きよりも不快感が湧くと同時に、僕がいた場所には槍の先が月光を浴びて照り輝いていて心臓が跳ねあがった。

 ……もしも、数秒遅れていたとなると。

 想像するだけで、ゾッとする。

「女には手を出さないんじゃねぇのかよ」

 そんな呆れた声を出しながらも、フェルメールはその槍先を剣で防いでいる状態で。

 ノアとのコンビネーションが凄いとか、さすがは監督生だとか思うより動けなかった自分に愕然とする。

 僕だけが――分からなかった。

 その感情が、悔しいというものなのか悲しいというものなのか判別がつかない。


 ただ、彼らを遠く感じた。


「俺の前でイチャつくんじゃねぇや!くそっ!」

 『貴族狩り』の中でも、最も若そうな男がフェルメールに手玉を取られて槍を弾かれながらも怒りに吠える。

 今は感傷なんてさしたるものだ。ぼんやりしている暇はない、と頬を叩くわけにはいかないので軽く首を振って目の前の彼らを見据えれば。

「えっ、リーダーもしかして泣いてんの?」

「私怨じゃん」

「やっぱり、フラれたのか」

「そっとしといてあげましょうよ」

「いやはや、若いものですな」

「それなら、あのお嬢さんとかどうじゃ」

 ……えっ?お爺さん、その指先の方向を考えるにそれって僕のことだよね?おかしくないです?

 いきなりどうしたの、と言いようがないほどざわつき始めた集団に素直に戸惑う。ただ、どうもこの槍の男が彼らを纏めあげている主犯であるという事は分かったけれど。

「まだフラれてねぇ!」

「とかいって、もうどこかのお貴族様の嫁になっちまったんじゃね?」

「そうじゃん、巡り会ったのも何かの縁じゃん?」

「いい加減、ここらが潮時だとは思うぞ」

「よし、そこの美人を連れて帰ろう」

「うるせー!器量が良い嫁なんていらねーんだよ!」

 よく分からないけど、あの、その言い方だと好きな子貶してるけど良いのかな?というか、僕もさり気なく巻き込まれているような。

「……ひっ」

 僕を抱き込んでいるのがノアだという事も忘れて、彼らが急に獲物を狙う目付きになったので思わずノアに縋り付いてしまう。捕食される側ってこういう気持ち?僕は食べても美味しくないと思います。ええ。

 リーダー格以外の連中が、俄然やる気なのはどういうわけなのか。あ、いや、これ以上深く考えるの止そう。

 これを回避するには、やっぱり僕が男である事を告げるべきだと本能が叫んでる。むしろ、泣きそう。

 ということで、今度こそカミングアウトしてやる、と息巻いて顔を上げた、途端。


「残念ですが、そこのお嬢様は私が既に唾をつけているのでお引き取り下さい」


「誰だっ!」

 ああ、もうやだ。嘘でしょ!と、叫びたいのを我慢する。

 ただ、顔には思いきり出たかもしれない。だけど、それは僕の所為じゃない。まさか、三回も正真正銘、男ですと訂正出来ないなんて思わないよね、普通。二度あることは三度ある?そんな馬鹿な。三度目の正直はどこにいったの?

「落ち込むのは勝手だが、いい加減俺にひっつくな」

「えっ?あっ、あー忘れてた」

 言われて気付けば、ノアの腕にしがみついていたらしくシャツがぐしゃぐしゃなっていた。こんな風になるまで、どれだけ力入ってたんだろう。くっ、自分を殴りたい。

「……羨ましい」

 うん。フェルメールの呟きは聞かなかったことにして、と。

「その声は、まさか!」

「すっかり、流されたかと思ってました」

 遅くなってすみません。というか、忘れてませんよ。だって、言動がフェルメールにそっくりだもの。

路地の暗がりの方から現れた人物に目を見張る。それは、フェルメールも同様で。

「どうして、お前が」

「兄とは手紙のやり取りをしておりましたが、その手紙に誰かさんが身動き出来ず困ってる、なんて書かれてましてね。それは是非、この目で拝まなければと一度戻ってきた次第ですよ」

 という言葉とは裏腹に、その声は相変わらず優しく慈愛に満ちていて。

「……リーンハルト、先輩」

 そう呟いた僕に、はい、と返事をしたその人の緩く編んだ赤茶色の髪がさらりと風に揺れて、彼の穏やかな笑みに演出を加えこんだ。

「もう一人増えただと!?」

 その途端、僕たちと同じく驚きに満ちた表情の『貴族狩り』の集団がどよめく。初めは一人を痛めつければ良いとだけ認識していた彼らも、二人、三人とこちら側が増えた事によって焦りが生まれたのかもしれない。

「落ち着け、お前ら!俺たちは、騎士にも勝てただろう?」

 その時、槍を持つ若い青年が声を上げ、ざわり、としていたのが嘘のように静まりかえった。

 へぇ、なるほど。彼がこの『貴族狩り』の代表なのは伊達じゃないって事なんだ。てっきり、ただ単に一番若くて威勢が良さそうだから、先導者にされただけなのかと思ってたよ。

「こんばんは、エーヴェリー君。この間は背中越しだったからちゃんと見ていなかったけれど、少し大きくなりました?」

 えっと、何ですか?その久しぶりに会った親戚のおじさん風の挨拶は。というか、緊迫しているこの状況で、普通に挨拶出来る神経が羨ましいです。……って。

「背中越し?」

 何のこと?

「おや、その様子ですと彼女達はきちんと約束を守ってくれたんですね」

 ……ふむ、約束。

 約束、というと――もしかして。

「図書館の?」

「ご名答」

 まさかなぁ、と思っていたら、そのまさかだったとは。

 ……そっか、そうだったんだ。

 図書館であの女性に襲われた時、セラフィナさんを誘導して手助けしてくれたのはリーンハルト先輩だったんだ。

「私が帰国している事をその男に知られたくなかったので、フェアフィールド嬢には黙っていてもらったのですよ」

 ああ、僕からフェルメールに伝わる可能性を潰したって事か。……相変わらず、この人は。

「んだよ、水くせーじゃねぇか」

「自身の問題すら解決出来ない男に会うべきか悩んだ結果だよ」

「うっ」

「貴族ではない癖に、お前はそういう所が妙に真面目過ぎるんだ」

「ぐっ」

 一体、何の話をしているのか分からないけど、確実に言えるのはさすが監督生と副監督生。会話をしながら、不意に『貴族狩り』へと攻撃を開始し出して油断していた彼らを焦らせた。

 どちらが号令をかけた訳でもいないのに。

 リーレンで二人の試合を見た事なんてなかったけれど、もしかしたらいつもこうだったのかな、なんて。

「くっ、いきなり何なんだ!てめーらは!」

 ですよね。僕もそっち側の人間だったら、絶対にそう思う。

「何、だって?」

「そうですねぇ」



「「強いて言えば、そこのお嬢様の下僕しもべであるとしか」」



「僕はお嬢様じゃありません!れっきとした男です!」

 あーもう!何なの、全く!二人して。

「えっ?」

「……あ」

 わお。つい勢いで言っちゃったよ。っていうか、そこ二人して笑わない。絶対に、わざとでしょ?わざと、僕にそれを言わせようとして煽ったでしょ!?

「何だと!?つう事は、てめぇ俺たちを騙しやがったな!許せん!」

「騙してません!勝手に男装してるお嬢様って決めつけてたの、そっちじゃないですか!」

 完全な勘違いでしょ、どう考えても。

 槍の男が僕に対して威嚇したのと同時に、数人が一斉に僕たちの方にも刃を向ける。

 こうなったら交戦するしか、と短剣を抜こうとしたら、ノアに強い力で腰を取られて転けそうになってしまった。

「ちょっ、」

「後は任せた」

 というノアの言葉と共に、突然、視界がぐるりと転がる。いきなり何するんだ!という抗議の言葉すら発せられないのは、ノアに俵抱きをされたからで。

「ああ、すまねぇがそのお嬢様を宜しく頼むわ」

「あんたへの借りはきちんと返す」

 寸での距離まで槍の矛先が僕を追いかけてきたけれど、フェルメールの刃がそれを食い止める。切先が月明かりを帯びて光を放つ。

まるで、それはフェルメール自身のようで。

「行け、後は俺たちが引き受けた」

「……っ!」



 謝るのとはどこか違う。

 だけど、


 お礼を言うには、――まだ早い。


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