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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第一章 双子と前世と異世界と
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10.

 もし、可能であれば転生したという人々に是非訊ねてみたい事がある。――今の身体は、あなたの規格に合っていますか、と。






 前世では、人前で何かをするというのは、あまり得意ではなかった。けれど、人間関係や成り行き上、人前に出なければならない事はよくあったから、多少は度胸があると思うけど。……ただ、この世界に生まれてからの十四年間というブランクがあるのはかなりの痛手だろう。

 まあ、やるしかないよね。

 前世でよくしていたように、軽く指をほぐすように慣らして徐々に気持ちを切り替える。姿勢を正して、肩の力を抜きながら、一つゆっくりと息を吐き出して吸い込めばそれでおしまい。

 そう、これには僕の演技力もかかってきているわけで。

 目の前で相対して動かない男たちを見つめながら、僕はもう一度深く息を吸い込んでから――思いきり悲鳴をあげた。

「いやぁぁあああっ!もう、やだ!こんなの、無理!耐えられないっ!」

「なっ!?ど、どうした、アルミネラ?」

 よし、さすがは殿下。良い反応です。

「もう嫌だ、こんな生活!あなたと結婚したら、きっとまたこんな風に襲われる可能性が出てくるんでしょ!?そんなの、私絶対にいや!」

「えっ!?ば、馬鹿な事を言うのではない!俺が王位を継承すれば、お前には安定した暮らしをだな!」

 ……は?いや、あの一国の王子に大変失礼だとは思うんだけど……ついさっき、俺には好きな女が居るから婚約破棄しようぜ~的な言葉を吐いたお口で何をおっしゃられるやら。

 っと、冷静に突っ込んでいる場合じゃなかった。

「そんなの嘘に決まってる!」

 よよよっと涙を拭く真似をしながら、さり気なく二人の間まで移動してしゃがみ込む。元々、母に似て僕も肌は白い方だから、何とか顔も青白く見えると良いんだけど。

 まるで、この極限状態に限界をきたしたご令嬢のように、なるべく弱々しく見せつける。

「ア、アルミネラ、落ち着け」

「近づかないで!」

「っ!」

 んー。アルの事を嫌っているわりに、そんなショックを覚えるような顔します?いや、今は上手く牽制出来た感じで別に良いんだけどもさ。

 殿下を激しく拒絶した事によって、相手の男にもどうやら僕が真剣に嫌がっているのだと分かったようでニヤッと笑われる。

 あ、ちょっと生理的に受け付けないかも。だけど、ここは我慢我慢。

「騎士様、お願い!わた、私っ、もう……っ!」

 数年前に、アルミネラのいたずらによって、ど派手に改造された屋敷の時計の修復に何時間も費やした事を思い出しながら涙を流し、そっと震える手を騎士服の男の方へと伸ばす。この時、エルによくしてやられる上目遣いも考慮して、僕なりに恐怖に陥ってもはや敵に助けを求めてしまうようなか弱いご令嬢に見えるよう頑張った。ええ、とても頑張りましたとも。

「……」

 しかし、相手は短剣を構えたままこちらを凝視して動かない。

 あれ?駄目だったかな?それじゃあ、えーと。

「……た、助けてくれたら、あ、あなたの物になってもいい、から」

「なっ!アルミネラ、お前何をっ!!」

 うん。そっちが、引っかかっちゃったかぁ。

 僕だってね、男としてのプライドがあるので、実はほんっきで!心底!恥ずかしかったりしています、だから。

「殿下は黙ってて!」

「……くっ、しかし!」

「お願い、騎士様!私を攫って?」

 どうにか、相手からは僕が人生を儚んで笑い泣きしているお嬢様に見えますように!

 イメージは、恐怖の中、とうとう善悪の区別が分からなくなって闇に堕ちてしまった憐れなお姫様、というところ。

 これが無理だったら、元々演技なんて苦手な僕はもうどうすれば良いのか分からない。

 ジッと相手を見上げていると、男はクッと笑って顔を歪ませる。

「ははっ!まさか、こんな儲け話にまで発展するとはな」

 儲け話?

「良いだろう、王子の命の代わりにお前を頂く。そちらの方が、俺としても都合が良い」

「勝手な事を言うな!貴様、俺の婚約者を連れて行こうとは言語道断だ!」

 ええっ!?さっきまでそこまで焦ってなさそうでしたよね?っていうか、何でそんなに必死なんです!?

 どういうわけか、今度はオーガスト殿下の方が更に食いついてきてしまった。

「より美味しい方を選ぶ、それが悪いとでも?」

「あ、当たり前だ!アルミネラは王家が正式に認めた婚約者なんだぞ!」

 あの……しつこいようですけど、それを破棄したいってニュアンスの言葉を言った方と、同一人物ですよね?セラフィナ嬢と結婚したいのなら、したら良いのに!むしろ、アルミネラの兄として宣言してまで二股をかけられる方が大変失礼ですが、気にくわない。

 アルミネラを大切に出来ないのならば、さっさと放して欲しいと思うのは当たり前ですよね?ね?

 って、セラフィナ嬢もかなり複雑な……ん?いや、あれは結構冷えた目つきで殿下を見ている。

 先ほどから空気を読んで黙ってくれているのは、助かるけれど。

 あの目つきは、かなりおっかない。あれ?殿下とセラフィナ嬢って相思相愛なんじゃなかったっけ?

 なんて話は、今は本気でどうでもいい。

 それよりも、ここで膠着状態にされたら、きっとすぐそこまで助けに来てくれているだろう救助隊や負傷して倒れている生徒たちが困る!というわけで、仕方がないから、僕は怖々といった感じの演技で立ち上がって敵の方へと敢えて近づく。

「自由に、……なれるなら」

「どうやら、勝機はこちらのようだ」

 クククッと笑う男は、やはり僕的には生理的に無理なタイプで申し訳ない。なので、差し出された手には触れず、ゆっくりと彼の懐に入り込んだ。



 ――お願い。どうか上手くいきますように!



 十四年という長い年月は、身体の動作を訛らせるには充分だった。って、そもそもこの身体に無理を強いた事なんてないんだけどね。

相手は、僕がとてもか弱い令嬢だと油断していたようで助かった。男が僕を包み込もうとした手を退けて、そのまま短剣を持った腕を捻り上げて膝を打ち込む。

「ぐっ!」

 カラン、と運よく落ちた短剣を直ぐに足で蹴り飛ばし、後はどうしようなんて考える暇もなく、ただ自然と身体が勝手に動いてくれた。




 静かな会場内に、ズダァーン!!と激しい音がこだまして、同時に勢いよく固いフローリングへと男が受け身を取る暇もなく身体を打ちつけられる。




「……ふう」

 前世の癖で、両手を数回ほど払って息をつくと、呆気にとられて固まってしまった殿下の横をセラフィナさんがするりと避けて勢いよく駆けてきた。

 そして、僕が先ほど預かって欲しいと渡した短剣の柄を口元へと当て、男を見下ろしながら目を輝かせ。

「おっとぉ!ついに、やりましたぁぁああああああ!一本です、これぞ世界に見せつける日本の匠!伝統芸!いやぁ、実に素晴らしいですね!とても綺麗な背負い投げでした!正に、王者の風格そのもの!目の前で、まさかこのような素晴らしい技を拝見できるとは思いもしませんでした!さあ、それでは、今の気持ちをお聞きしたいと思います!イ、じゃなくてアルミネラ選手、今、どんなお気持ちですか!?」

「え?……あ、あの、もしかしてアナウンサーさん、だったんですか?」

「あっ!」

「……」

「……」

「……」

「……えっと、まあ、はい。あの、失礼しました」

「いえ」

 そう言うと、恥ずかしそうに短剣を返されて、セラフィナ嬢は赤面した顔を俯かせてすごすごと身を引いて戻って行った。

 まさか、僕以外にも同じような記憶を持っている人が居たなんて。

 それに、あの子明らかに『日本』という言葉を使っていたし、同じ国の人だったって事だよね?

 結構、おかしな行動を取る人だなぁとは思っていたけど……アナウンサーだったから、という訳じゃないよね?いや、それはアナウンサーという職業の人たちに失礼か。

 背負い投げした当事者の僕よりも、キラキラとして楽しそうなセラフィナ嬢を思い出して苦笑いを浮かべていると、突然後ろから頭を軽く叩かれた。

「いたっ」

「お前、今の動き何なのよ?じゃなくて、勝手に動くなって言っただろうが」

 振り返れば、フェルメールが仁王立ちの状態で立っていて、ジト目で僕を睨み付けていた。

「すいません」

「双子は後で説教な」

「ですよね」

 分かったら良し、とフェルメールがニヤリと笑って倒れている男の方へと去って行く。

 結局、こうなるんだもんなぁ。

 はあ、と息を吐き出して、案の定、無理強いした腕が震えるのを感じながら辺りを見渡す。演技をする前までは、アルがどうにか優勢で戦っているのを見たけど、この目でちゃんとあの子の無事を見届けなければ落ち着かない。

「――っと」

 こうして周りを見てみると、いつの間にかリーレン騎士養成学校の生徒たちよりも正騎士の方が多く集まってきていて、物々しい雰囲気を醸し出していた。

 うん、まあ、そりゃあそうか。何たって、殿下の暗殺未遂という事件に発展した訳だし、さすがに学生の訓練の領域を超えている。なので、学生たちの初訓練は、どうやら現場検証という名の授業の見学に切り替わっているようだった。

「……あ」

 見つけた――けど。

 ああ、やっぱり怒られてるなぁ。

 会場の端の方で、アルミネラも周りと同じように現場検証を見学しているけれど、真横に居る先輩騎士に説教をくらっているようで、心の内でご愁傷様、とだけ呟く。

 腕や足にかすり傷はあるみたいだけど、どうやら大きな怪我はないようだ。

 良かった、アルに何事もなくて。

「無事だったらなら、それで良いか」

 ここに僕とアルミネラしか居なかったなら、お互いに抱き締め合って安心したかったのはやまやまなんだけど仕方ない。


 ――でも、今は。



 アルにはアルの仕事があるように、僕には僕のするべき事がまだ残っている。


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