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第七話

 『CHEAT』。裏街道の世界では名を知らぬ者はいないと言われる暴力至上主義者のハードコア・パンクス。恐喝・脅迫・誘拐・拉致・監禁・殺人・強盗・強姦・私刑等、彼を取り巻く伝説、もしくは嘘があたかも事実のように一人歩きしているのは間違いない、しかし故に神と崇められ悪魔と恐れられる男。筋金入りのジャンキーでありながら極上菜食主義を貫き20数年、サディズムとマゾヒズムの共生に何の矛盾も感じない存在であった。笑うことを忘れた目、全身を貫く69のピアス、そして額には「Made in Heaven」のタトゥー。


 『CHEAT』にはいつも右手の人差し指の爪をかみ続けている癖があるらしい。それは指の先という刺激を感じる神経が集中している場所に常に痛みを与えることで己の正気を辛うじて保つことが出来るからだという。生き方自体が暴力、生き様自体が暴力、「在る事」自体が暴力、Violence and Violenceが『CHEAT』の答え、そして存在意義。


 神誤自身だって人を殺めた事はある、目の前で理屈抜きの暴力沙汰など何度でも経験した、しかし、そんな事を脳裏に浮かべる事さえヤツの前では意味の無い思考だ。


「なんだってヤツがこんなところに来るんだ」

「見せしめだって」

「見せしめ?」

「ヘタレこいたヤツがいたから公開リンチってことみたいよ」


 突然ライブハウスの後ろの方から分厚い鋼鉄のドアが蹴飛ばされて開けられる音がした。振り向き様に神誤と女のパンクスが見たものは黒い物体。鉄柵であった。長さ2メートル、高さ1.5メートル、重さは軽く50kgはあるであろう。普段観客とステージ上のバンドを遮る為に使用されている鉄柵が飛んできた。神誤は反射的にしゃがみ、鉄柵をかろうじてよけるも女のパンクスはそのような運動神経は持ち合わせておらず、鉄柵の角の部分が鼻っ柱を直撃、そのまま倒れていった。


 暗闇の中に混沌が生まれる。ハードコア・パンクスとしての亡者達が、生き物として危機を感じ取る弱者としての己の存在を嫌でも認めなければならない空気だ。バンドの音が一瞬止まった。怒りをエネルギーと表現の為の糧として叫び続けていたボーカリストの動きが止まる。顔面蒼白になった彼の視線を客が追い詰める。一点に集中された亡者達のエネルギーを一人で受け取る男。


 『CHEAT』の降臨であった。


 その姿は「暴力」が立ちつくしているようであった。その様は本来「暴力」を助長させるはずの怒りや憤りといった「激」の感情の入る隙間さえもない。まるで暴力本来の純度を楽しむ為、余分な感情投入さえ否定しているようだ。屈する者と屈させる者だけが分かち合える関係をもっともシンプル、故に純粋に表現する為のコミュニケーション。そういう意味で『CHEAT』は個人レベルでは間違いなく優れた体現者に違いなかった。


 『CHEAT』のコメカミに浮かび上がる血管が脈を打っているのが数メートル離れていてもわかる。その先へ先へと繋がっている心臓の鼓動までもがライブハウスという隔離病棟を支配している。


 鋭い。目が鋭く耳が鋭く鼻が鋭く口元が鋭い。指先、肩、首、アバラ、腰骨、足、身体つき、全てが「鋭い」としかいいようがない。いや、単に鋭いのではない。鋭すぎた。瞬き、呼吸、首の回し方、爪の噛み方まで。立ち方が鋭すぎた。歩き方が鋭すぎた。そこにいることが鋭すぎた。生きていることが鋭すぎた。


「なんだよ、しょぼけたツラしてんじゃねえよ、ああ?」


 間延びした声が『CHEAT』の鋭さを更に引き立たせ、隔離病棟を走る恐怖のスピードが加速される。


「今日はなあ、まあ、教育しにきてやったんだよ」


 人差し指の爪を噛み続けながら『CHEAT』はステージに向かって歩き始めた。『CHEAT』が歩く先に空間が出来る。誰も犯すことのできない不浄な亜空間だ。


「んー、ダメだろうが、約束は守らないとなあ。嘘つきは泥棒の始まりなんだからよ」


 凍てつくような笑み。切り裂かれるような緊張感。誰だ、誰に向かって『CHEAT』の言葉が発せられているのだ?わからない、わかるはずもない、焦点のあっていない『CHEAT』の視線は何処を、そして何を見ているのかわからないから。下唇を鋭い舌で一舐めする。


ガッ


 鈍い音がした。『CHEAT』が左手でたまたまそこにいたスキンズの顔面を鷲掴みにした。その手はまるで猛禽類の如く尖り、そして「鋭い」。選ばれた相手に理由はない。ただの気まぐれ。純粋な暴力を純粋に楽しむ。それが『CHEAT』。


 『CHEAT』の親指がスキンズの左目に食い込む。突然自分に起きた気まぐれな「アクシデント」に呆然とするしかなかった「遊び道具」が断末魔の叫び声をあげる。


「嘘をつくってのはな、下手に目がみえて他人のモノが欲しくなって、手に入れるためにどんなことでもするからなんだよ、わかるかあ?」


グチャッ


 スキンズの眼孔の奥深くまで『CHEAT』の親指が全部埋まりきった。その埋まりきった親指を支点に広げた手の平をスキンズの顔面の前で回転させ続ける。眼孔から吹き出る血に染まる『CHEAT』の胸板。


 いつしか『CHEAT』の右手にはマチェットが握られていた。腕を伸ばしきり空中高く翳されたマチェットが暗黒の摩天楼のように黒く、そして鈍く光る。そして振り下ろされた瞬間、目をえぐられていたスキンズの肉体が真っ二つに割れる。血煙があがる。内臓が床に落ちる。


 振り向き様に『CHEAT』がマチェットを床から高さ1・5メートルの位置で水平にまるで闇を切断するかのように流す。気がつけば音もなく3人のパンクスの首が皮一枚残してダラリとぶらさがっていた。


 倒れた屍体を踏みにじり、右手に持ったソードオフショットガンが火を吹いた。2発。5人のパンクスの頭が跡形もなく吹っ飛んだ。


 次の瞬間、ある女の首を掴み、何事もなかったかのようにへし折った後、だらしなく開いた女の口に催涙弾を突っ込み、女の屍をステージの上まで蹴り上げる。


 目の前に繰り広げられる惨劇にある者は叫ぶ、ある者は逃げ惑い、ある者は吐く。一人の人間がここまでの阿鼻叫喚を創り上げれるのか。


「これが『CHEAT』・・・」


 恐怖と畏敬は同じ感情となりえるのだろうか。目の辺りにした絶対的暴力至上主義者、神をも恐れぬ究極のバイオレンス・アーティスト、完全無欠。パンクスという亡者達がパニックに陥る中、神誤は独り、漆黒の闇夜の中に消えていった。


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