第六話
闇夜。それはある意味隔離されつつ解放された空間。今宵も地獄の結界を破った赤鬼・青鬼の如く、己が意思にて鋲ジャンという名の鎧を身につけた亡者の群がある場所へ向かう。行き先はライブハウス「魔界転生」。地下へ向かうコンクリートの階段を下りていく。鋼鉄製の扉を開ければそれはまさに地獄絵図の如く血で血を洗う仁義なき争い。修羅場。闘争。殺戮。欲望のはけ口。自己表現。暴力のカタルシス。
神誤は片手を血で濡らしながら、やけに冷静になっている己に気がつく。人をただ殺すなら忍びの業だけで十分だ、忍術とはもっとも効率的な殺傷方法だからだ。ただ自分が求めているのはもっと単純で純粋で、故に美しいまでのバイオレンス。理由とか理屈を超えたモノ、世継だの、世間体だの、肉親だの、鍛錬だの、何も必要としない150%浄化された暴力の結晶体。パンクロックの爆音はその結晶体を更に純化させる最高の起爆剤だ。
酒が回っているのか、頭の中によぎるのはどうでもいいような抽象論ばかり。むせかえるような人間の熱気に加え、汗やたばこ、酒、小便、ゲロ、血の臭いで神経が更にピリピリしてくる。こんなところには何もねえ!だけどこんなところにしかいれない自分に嫌気が差す。何がパンクだ、ハードコアだ、馬鹿げた祭り騒ぎに乗せられるな!親父である卍の言葉が妙に脳裏の裏側にこびりついて離れない。
「どうしたのよ、しけた顔しちゃって」
顔見知りの女のパンクスが近づいてきた。
「いつもより荒れ気味ねえ。あんなにヤッちゃったら、アイツ、やばいわよ」
「やばくなることに意味があるんだよ」
「そんなことばかりやっていたら、いつかアンタも同じような目にあうだけなんだけどね」
「俺にはそんなことは起きない」
「あれ、いやに自信があるじゃない?」
「自信じゃない、確信だ」
「ふーん、まあ、勝手にしなさいよ。アタシには迷惑かけないでね」
「それは俺の知ったことじゃない」
「なによ、無責任なんだから。あ、そうそう、今日さあ、これからもっと凄くなるみたいよ」
「なんのことだ?」
「あれ、知らないの?」
「知らないから聞いている」
「教えてあげようか?」
「もったいぶるなら聞きたくねえ」
「かわいくないわねえ」
「おまえ、うぜえよ」
「はいはい、教えてあげますから」
女は爆音が鳴り響く中にもかかわらず、周りの誰にも聞こえないように神誤に更に近づき、耳元で神誤だけに聞こえるようにつぶやいた。
「あとでここに『CHEAT』が来るらしいのよ」
「何!?」
「そう、あの『CHEAT』が来るんだって」
神誤の脊髄をそれまでとはまったく違う緊張感つらぬいた。