第五話
庭に降り積もった落ち葉はまるで極彩色の絨毯の如く。風が吹くたびに舞い上がるその様はまるで現実の中に万華鏡を創り出しているようであった。その中に卍と西孤。情景に溶け込むこともない2人の間に走る緊張感故にあざやかな落ち葉でさえ色を失うかのようであった。
「ま、卍様、今何とおっしゃいましたか・・・」
「神誤を抱け、そして自害しろといった」
「わ、私には出来ませぬ」
「何を言う。臆したか、西孤!」
声を荒げる卍。
「孤異厨流の為、卍様の為にならこの命、惜しむことなくいつでも投げ捨てましょう、し、しかし」
「何が不服だ!孤異厨流の為、卍の為に死ねと言っているんだ!」
卍が叫んだ。その叫びに西狐は驚きよりも恐怖を感じた。しかしここでひるむような西狐ではなかった。
「死にましょう、しかし、神誤は抱けませぬ」
「何をほざく、どうした、乳飲み子の頃から可愛がってきた神誤は抱けないと言うか!」
西弧は母親のいない神誤の物思いがつく前からずっとそばにいた異性の人物であった。彼女が乳飲み子だった神誤の全ての世話をしたのである。神誤が風邪をこじらせ、地元の医者さえ全てを諦めた時にも一睡もせずに三日三晩看病を続けたこともあった。
母親であり、姉であり、遊び相手であった西弧。言うまでもなく神誤に1番最初の忍術の手ほどきをした人物である。パンクロックの洗礼を神誤に与えたのも彼女であった。
「神誤を殺せというならば、私も納得は出来ます。しかし男女の仲になれというのは無理でございます」
「何を今更、母親気取りのつもりか!」
西狐が思わず叫ぶ。
「私は神誤の母親でございます!母親以上だと自負しております!」
「たわけ!忍びにそのような感情などはいらぬ!考えることなく言われたことを遂行するのみ、そして孤異厨流のモットー『Search and Destroy』を貫くだけだ!」
卍の顔が修羅のようになった。その口から吐き出される言葉は全てが致死に至るが如く激しく、しかしながら切なくもあった。
「何故でございますか?何故に神誤を抱かねばならぬのですか?」
「ヤツの眼を覚ますためだ。孤異厨流を更に強大なモノにする為、ヤツにはそれなりの心構えと覚悟が必要なのだ。それにはヤツを取り巻く現実を嫌が上でも叩き漬けてやらねばならぬ。ヤツには孤異厨流の跡目を継がせる。パンクなどにウツツを抜かしている場合ではないのだ!ヤツの血は孤異厨流の発展の為に流されるべきなのだ。それを理解させる為にお前というヤツにとって母親以上の存在と男女の契りを結ばせる、そしてその契りを結んだ後でお前が自害する。神誤を徹底的に突き落とすのだ」
卍が立ち上がって西狐に声を張り上げる。しかし、それは自分自身に言い聞かせる為のようにも聞こえた。
「そ、そこまでやる必要があるのですか」
「ある。徹底的に突き落とされたら後ははい上がるしかない。飛行機は何故墜落する?空を飛ぶからだ。ヤツを墜落させる。西孤という女の操と命を引き変えにしてな」
「ま、卍様・・・」
「それが孤異厨流の為となるのだ。そして西孤、お前の流す血は孤異厨流の血となることを忘れるな」
これまで何人の人間を任務の名の元で殺めたであろうか。始めて人を殺したのは13の時。その時に自分の手の中で小刻みに震えて死んでいった男の表情は未だに鮮明に覚えている。始めて男に抱かれたのは14の時。「任務」の為であった。脂ぎった中年太りの庄屋の店主に身体を授けた。痛さだけが記憶の中に残っている。行為が終わった後は無造作に殺した。あくまでも「任務」だから全てに納得できた。そうやって全てを自分に納得させた。
しかし、今回の「任務」は違う。酷い、酷すぎる。忍びとして、いや、一人の人間、そして女として。自分の「在り方」とは何なのか。答えなどないことはわかっている、だがこれは。
卍と西狐の距離は全く変わらないままだった。卍はいつしかいつものように冷徹、冷血、感情のない表情を浮かべていた。