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第四話

 独り川端で秋空に溶け込む神誤。川の流れを見つめ続ける。雑念などなくひたすら見つけ続ける。いつしか川の流れと己が一体化し、水と化した自分が流されていくのを感じる。自身が下流に流れていくのがわかる。そして最後には海へ辿り着く。肉体は一寸も動いていないにもかかわらず、水と化した己の精神が観た事もない千里先の風景さえも見せてくれるようだ。


 ふと後ろに人の気配を感じた。むやみに動くのは危ない、ここまで気配を消して近付けるのは並大抵の忍びでも無理なことだろう。朱色に塗られた小刀「斬奴」を懐から眼にも止まらぬ速さで取り出し投げつけるか、それとも川の中に飛び込んで他の手を考えるか。


 考えるまでもなかった。状況に応じた臨機応変、かつ柔軟な対応と言う言葉は孤異厨流には存在しないものだからだ。純粋な目的遂行主義である他流派の忍術とは異なり、孤異厨流には美意識とまで浄化された独自の様式美があった。それは捜殺「Search and Destroy」というポリシー。卍だったら間違いなく前者を選んだであろう。そういう教育を受けてきた。そういう風に叩きこまれてきた。母性で神誤を支えて続けてくれた西孤でさえも同じ風に動いたはずだ。


 「おっと待ったあ」


その気勢を落とすかのようにふざけた声が聞こえてきた。人を食ったようなそのおどけっぷりが神誤の殺気を消す。赤ら顔の虎視丹コシタンがそこにいた。


「へへへ、あいかわらずだなあ。おいおい、そんな恐い顔するなよ、楽しくいこうぜ」


 日本酒の入ったワンカップを片手に千鳥足で神誤に近付いてきた。虎視丹は「子供達」の中でも珍しく神誤に親身になってくれる存在であった。酒が好きで、それによって必要の無いトラブルに巻き込まれたりもして他の子供達に呆れられる事も多々あったが、彼の笑顔が熾烈極まる孤異厨の里の修練の日々を和ませてくれるのも事実であった。


「独りでいる時くらい修練なんか忘れちまえよ、へへへ。ほら、酒だ、飲んでやってくれ」

「虎の兄ィは相変わらずだなあ。昼間から飲んでいてまた親父にどやされるぜ」

「そうなったらそうなったでいいだろ。酒とロックがあればいいのさ、ベイベー」

「俺なんかより忍びの才能があるのに、どうしていつもそんなんなのよ?」

「へへへ、お前が今言った事、皆に何百回と言われているよ。俺にもわかっている。だけどそれじゃあロックじゃないからな。俺は忍びである前にロケンローラーってヤツなんだ」

「へえ・・・」

「へへへ。修練もいいけどギターもいいぜ」

「やっぱりロックはギターじゃなきゃダメかな?」

「そんな事ないぜ。魂がロックしていりゃいいのさ。酒は魂のエンジンをぶっぱなす為のガソリンだな」

「また勝手な事言って」

「俺らしくていいだろ」

「うん。かっこいいよ」

「よせよ、わかっているけど照れるだろ」


 いつも独りの神誤が西孤以外に心を許す。パンクロックを教えてくれたのは西孤だが、それよりも先に虎視丹が隠れて聞かせてくれたリトル・リチャードやファッツ・ドミノに胸をときめかせたのが全ての始まりだったのかもしれないとふと思ったりした。虎視丹からもらったワンカップはあいかわらず眼がつぶれるのではないかと思える程きつい味がした。


 川の岩場に腰かける神誤と虎視丹。見上げる空には白い雲の隙間を抜けるように飛ぶトンボの群れ。


 虎視丹が口を開く。

「でどうするんだ」

「どうするって」

「わかっているだろ、孤異厨流のことよ」

「どうするもこうするもないよ。俺は俺。虎の兄ィがロックンローラーなら俺はパンクスだよ」

「ふーん、へへへ、いっちょまえな事いいやがって」

「そう信じているから」

「なんだ、パンクってのは忍びとどう違うんだ?」

「全然違うだろ。パンクは自分の意志と意地で生き方を切り開いていくもんなんだ。たまたま誰かの子供だからって生き様まで決められたら、生まれる前から死に方までプログラムされているようなもんじゃないか」


 川の流れに石を投げ込む虎視丹。


「でも結局は自分の意志と意地に縛られているんだろ?流派の掟に縛られている忍びと対してかわらねえような気もするけどな」

「縛られている意味が全然違うだろ」

「どうせ縛るなら女を縛りたいね。30ちょっと越えたあたりの女は縛り甲斐があるぜ。へへへ」

「酒だけじゃなくエロもはいっちゃったよ」

「それで十分だぜ」

「訳わかんないよ」

「卍様のお気持ちは考えてみたか?」

「俺の気持ちを考えないような奴の気持ちなんて知った事じゃないね」

「つれないヤツだなあ」

「とにかく俺の考えは変わらないよ。孤異厨流なんてどうでもいいんだ」

「そうかあ・・・。まあ、お前がそういうならどうしようもないな」

「うん、どうしようもない」


 虎視丹がずずっと酒をすする。そして口を開く。


「ただな、一つだけ言っておく。お前が居る、お前が在るということは間違いなく孤異厨流なしでは成り立たないってことだ。どれだけ孤異厨流を否定しようとしてもお前の血には孤異厨流が流れていて、お前の細胞には卍様のDNAが確実に刷り込まれているんだ」

「だからなんなんだよ」

「それだけだ。それ以上もそれ以下もなし」

「なんか説教臭いなあ」

「そうかあ?俺もそれなりに歳を取っちまったからな」

「ただ単に酒の飲みすぎだと思うよ」

「へへへ、人生なんて飲んでもやっていられないって思う事ばかりだからさ」


 虎視丹の寂しそうな、でも胸がときめくような笑顔が神誤は大好きであった。


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