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第三話

 夏の暑さが終わるのもあと少し、駆け足で秋はやってきて、そして言葉もなく去っていく。雪に埋れる里が寂しさを増すのは寒いからだけではない。気が付けば顔に刻まれたシワが深く、そしてより濃くなっている。卍は季節の移り変わりとともに己の生き様を見つめなおし、そして生き方を更に模索する癖がついてしまっていた。 もちろん彼の表情にそれを見ることはできない。


 屋敷の縁側に座りながら己に言い聞かせるように心の中で反復する言葉がある。


 「決断は己の為にするものだ」そう心に誓いながら、日がまた過ぎて行く。


 神誤の事が頭をよぎる。忍びの者として何を迷っているのだろうかと理解に苦しむ。これはヤツの天命なのだ、それに逆らうことの無意味さ、恵まれた才能を無駄にするバカバカしさ、恵まれた境遇を感謝できない愚かさ、全てが腑に落ちない。


 気が付けば感情的になっている自身に卍はハッとして下唇を咬む。誰にもわからないように。


 卍は神誤に対して感じるのが歯痒さだけではないような気がしてきた。どこかで神誤を羨ましいと思うようになっている自分に気づき愕然としたことがある。神誤の考え、言動、行動、それら全てが自分の意と反するものだとわかっていても無意識に許している自分がいることを知ってしまった感さえある。これは何なのだろうか。歳を取った証拠だとでもいうのだろうか? 自分の血を分けた者に対する寛容、甘さ、羨望、嫉妬なのか?


 思いにふけりながらもその心の微妙な動きを微塵も感じさせない卍。そんな彼から3メートル程離れた場所に一人の女が座っている。


 髪は漆黒のストレート&ショート。鋭い眼光、はっきりとした鼻筋、きりりと締まった口元、華奢ではないが艶がにじみ出るような首筋。身の丈は160センチ程か。ふくよかではないが「女」として、そして衣服の上からでもわかるアスリートとしてのバランスが取れた肉体。


 女の名前は西弧サイコ。息を呑むような美しさを持ち、そして卍の「13人の子供達」の間で忍術の業においては1、2位を争う実力者でもあった。


 卍に呼び出された西狐は何も言わずに空気の如くその場にいた。そして卍が静かに西狐に話しかける。


「鍛錬は続けているか?」

「はい。日々精進あるのみです」

「また近いうちに任務を授ける。心しておけ」

「御意に」

「ところでだ」

「何でございましょう」

「神誤の事だ」


 西狐が顔をあげた。


「神誤が何かいたしましたでしょうか?」

「何もしていないから困っている」

「と申しますのは?」

「お前も分かっているであろう。ヤツの修練についてだ。まったく身が入っていない」

「そのようでございますね」

「こんなことでは他の子供達にも示しがつかん。パンクだがなんだかしらんが、歌舞伎者が更に狂ったような格好で町をほっつき歩いている。今に始まったことではないが、もう置き捨てならん」

「はい」

「ヤツには孤異厨流を継がせたいと思っておる。というか、ヤツの意思に関わらず継がせるつもりだ」


 冷静、冷徹、感情など持ち合わせていないと思っていた卍がこんな風に話すのを最後に聞いたのはいつのことなのか。西狐は少なからず驚きと戸惑いを感じざるを得なかった。


「あの、卍様」

「なんだ」

「何故に神誤に孤異厨流を継がせたいと思うのでございましょうか」


 西狐がなだめるように、しかし中途半端な答えは許さないという口調で卍に尋ねる。


「それが定めだ。孤異厨流は俺が作った。その在り方、その運命、その未来も同じく俺が作る。それだけだ。理由はない」

「随分と勝手な理由でございますね」

「ほざけ。これは決められたことだ」

「わかりました。わかりませんけどわかりました」

「お前達は考えなくとも良い。忍びとはそういうものだ」

「もっともでございます」


 卍の声が微妙だがいつもよりこわばっている。不快な静けさが二人を包んでいた。


「話を神誤に戻そう」

「はい」

「お前に頼みたいことがある」

「何なりと」


 卍が一呼吸置いた。


「神誤を抱け。そしてその後自害しろ」


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