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第二話

 孤異厨流と呼ばれるようになってからどれだけの月日が流れたのであろうか。


卍には13人の子供がいた。だが子供と言っても血のつながりは無い者が殆どであった。


 ある者は水飲み百姓から二束三文の金で買ってきた。ある者は菓子を餌にしてだまして連れてきた。ある者は拉致してきた。ある者はその親御を亡き者にして奪ってきた。


 孤異厨流の生え抜きの忍び、極限の英才教育を叩き込んで作り上げる兵隊育成の為である。


 卍の教育という名のしごきは赤子といえ、熾烈を極めた。スパルタという言葉すら生ぬるい訓練という名目における虐待は日常茶飯事であった。「今日さえ生き残れれば」というのが明日への唯一の希望という生き方を強いられた子供達であった。


 何人の赤子が孤異厨に里に連れてこられたのだろう。何人の子達が命を落としたのだろう。いつしかそんなことは誰にもわからなくなっていたし、誰も気にしなくなっていた。


 そういう環境の中で生き残ってきた13人である。


 そしてその中の一人に卍と唯一血縁のある子供がいた。名前は神誤シンゴ


 身体にフィットした黒いスリムジーンズ、すり減ったヒールのエンジニアブーツ、左手にはロンドンピラミッド3連のリストバンド、短くざっくばらんに切られて逆立っている髪、他人に緊張感を強いる笑わない眼、明らかに他の子供達とは違ういで立ちであった。そして彼のiPhoneからヘッドホーンを通して流れている音楽はパンク/ハードコア。今、流れているのはDischarge「HEAR NOTHING SEE NOTHING SAY NOTHING」であった。


 神誤は母親の事は知らない。卍に尋ねることもない。尋ねようと思ったこともなかった。親子関係がどういうものであるかという観念がよくわからなかった。ただひたすら生き延びることで精いっぱいで卍の教育に疑いも抱く余裕などなかった。そして物心がつく頃には孤異厨流の忍びとしてそこにいた。


 神誤は血縁者だからといって一切の甘えや妥協を卍から受けたことはなかった。他の子供達と一緒にしごかれまくれ、意識がなくなってもぶったたかれ続けた。いや、血縁者故に余計に厳しくされたと言った方が正解であろう。木刀で殴られ続けて気を失い、三日間血の小便が止まらなかったこともある。食事に毒薬を盛られて嘔吐、失禁、排便が止まらなくなったこともある。極寒の夜に衣服をはぎ取られて放たれた野犬に追いかけられたこともある。


 それでも自分は生き延びた、そして生きている。


 いままで何人の兄弟がいなくなったのだろう。さっきまで一緒に喋っていた「兄弟」が自分の眼の前でピクリとも動かなくなったなんて当たり前の毎日だった。


 昔はよく泣いた。だけど泣いたからって何も解決しなかった。涙よりも上忍から殴られて頭部の穴という穴から流れ出す血の方が多かった。


 別に孤異厨にいることを呪ってはいない。たまたま忍びとして育てられ、そして息をしている。それが己の運命なのだろう。抵う気にもならないし、それなりに言われたことをやりこなせばいいぐらいに思っているのが事実だ。


 忍術の鍛錬だって毎日かかさずやっている。13人の子供達の間でもそれなりの実力はつけている。しかしどうにも身が入らない。卍の血を引いているだけあって筋はいい。ただ全てにおいて浅く広く、器用に、しかし、あくまでも表面的にしか業の習得が出来て居ないようであった。


 実際、本人にとって忍術などはどうでもいいようなものであった。鍛錬よりも週末のライブに行くことでいつも頭がいっぱいだったからである。週末の予定に浮かれているような忍びの者に任務など務まるはずがないのは誰にとっても明白なことであった。当の本人が1番わかっていることであろう。


 「俺は孤異厨流なんてどうでもいいんだ。くそくだらねえ。俺は自分だから。やりたいようにやらせてもらうよ。ファックオフってヤツだよ」たまに他の者に聞こえよがしに神誤はこう吐き捨てるように罵る。


 卍にも神誤のこの罵りは聞こえていた。孤異厨流を創り上げたこの男は一切の私的な感情は捨てるように己に言い聞かせてきた。俺の本心は誰にも決して明かさぬ-己だけが知っていればいい。


 しかし、神誤の事になるとその目が心なしか寂しさを浮かべてしまうのであった。


 いままで命を失いそうになったことは何度もある、拷問にかけられたことも数知れずだ。しかし、身内の吐き捨てる言葉の毒程、心を根底から蝕むものはない。所詮分かり合えないのが人というものなのか。たとえ同じ血が流れていようとも。


 表情を全く変えず心の中でつぶやく卍。感情が顔に出る前に下唇を激しく咬んで非情なまでの冷血な己をなんとか取り戻す。だがその瞳の奥では怒りにも似た激情的な思いが燃え盛っていた。


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