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第十七話

 動くものはどこにも見当たらない。「魔界天生」の壁に叩き付けられたFTWのメンバーの身体には五寸釘、ガラス、鉄片等の破片がめり込むように刺さっていた。スーツケースの中にカモフラージュして隠されていたトラップである。崩れた瓦礫の埃で血まみれになっている死骸は微動にしない。死とは時になんという静けさを演出してくれるのだろうか。


 神誤の視線は真っ直ぐ前を向いている。『CHEAT』と破麗流夜が先程まで座っていたソファがある場所に歩いて近付いていく。天井を支えていたコンクリートの塊がソファの上に崩れ落ちたようだ。『CHEAT』と破麗流夜の身体は見えない。埋れてしまったか。しかし血さえ流れて出ている気配すらもない。


がばっ


 コンクリートの瓦礫の中からFTWのメンバーが一人、突然立ち上がった。まだ生きているヤツがいたかっ!?しかし、何かが違う、何だ、この違和感は!?確かに肉体は立ち上がっていた。だが息はしていない、だらしなく垂れた頭からは生きているという命の鼓動を感じないのだ、一体何が起きている!?


 次の瞬間、その肉体のどてっ腹が爆音とともに吹っ飛んだ。この音と衝撃は!?スラッグ弾!?まさか!?本能的に転がるように床に倒れこみ銃弾を避けた神誤が肉体に目を向けた。どてっ腹に空いた穴からはダブルバレル・ソードオフショットガンが覗いている。『CHEAT』が笑い声をあげた。


「ギャハハハハ!!!スゲエ!スゲエヨ!!こうじゃなくっちゃなあ!!!」


 爆風と飛散した破片物の遮断物となった肉体を放り投げてスラッグ弾をショットガンに込める『CHEAT』。


「なんだよ、おまえ、面白いヤツだな!仲良くやっていけそうじゃんな」


 ショットガンを神誤に向ける『CHEAT』。左目には破片物として飛んできた五寸釘が付き刺さっている。


その後ろから埃まみれになった破麗流夜が咳き込みながら瓦礫の中から出てきた。


「うわあ、肘をすりむいちゃったよぉぉ!!!『CHEAT』、見て、ほらあ!!!痛い、痛いよぉ!!!」


 血もほとんど出ていない肘を『CHEAT』に見せようとする破麗流夜。


「うわあああん、痛いよぉぉ、『CHEAT』、痛いよぉぉ!!」

「泣くなよ、ベイビー。お前が泣くと俺も泣きたくなるんだぜ」


 『CHEAT』が左手で目に刺さった五寸釘を引き抜く。そこから噴出す血がシャワーのように破麗流夜の顔面に降り注ぐ。


「おまえ、破麗流夜を泣かせたなあ。仲良くできると思ったのによぉ。もう許さねえ」


 右手にあるショットガンがどす黒く鈍い光沢を放つ。左手には巨大マチェット。戦闘態勢完了。


「さあ、はじめよ・・・」


 『CHEAT』が言い終わる前に床を蹴り、跳ぶ神誤。その跳躍距離、約5メートル。狙うは『CHEAT』の首一つ。心に響くは捜殺「Search and Destroy」。


 『CHEAT』の真正面から突っ込んでいく神誤。人間離れした跳躍力に限界を超えたスピードで『CHEAT』の首を狩りにいく。その動きは『CHEAT』が構えるショットガンの銃口に吸い込まれていくが如く。戸惑う事無く引鉄を引く『CHEAT』。神誤の眉間にロックオンされたショットガンが咆哮の銃声をあげる。スラッグ弾の洗礼が音速を超えて神誤に襲い掛かる。


 神誤が消えた。野郎、どこに消えた!?


 消えてはいない、『CHEAT』が誇らしげに右手のみで構えているショットガンの真下に『神誤』の頭はあった。大きく開いた『CHEAT』の両足の間に仰向けに滑り込んだのだ。神誤の両手には小刀が握られていた。右手に「斬奴」。左手に「刹奴」。上体をすばやく起こしながらその両刀を『CHEAT』の両大腿部の内側に深く突き刺し、くるぶしまで一気に切り裂いた。


「てめえ、忍びかあ!!!」


 『CHEAT』が雄叫びをあげる。


 すばやく後転をして『CHEAT』と距離を取る神誤。「斬奴」と「刹奴」を構えなおす。立脚に必要とされる筋肉を切断された『CHEAT』は崩れ落ちるように跪く。


「いやあああ!!!」


 悲鳴をあげる破麗流夜。


 神誤、再度の跳躍。「斬奴」と「刹奴」を両手に一緒に持ち、『CHEAT』の脳天目掛けて振り下ろす。左手に持つマチェットで両刀を受ける『CHEAT』。鋼がこすれあう音はまるで殺戮の賛歌が金切り声で歌い上げられているようだ。『CHEAT』が右手だけで空薬莢をショットガンから抜く。一瞬だけガンホルダーにショットガンを戻し、新しいスラッグ弾を詰込む。


 再び殺人兵器と化したショットガンの銃口が神誤のコメカミに向けられた。すばやく逃げようとする神誤は身体を捻り、『CHEAT』との距離を取ろうとする。ショットガンの咆哮2発。外れた。


 いや、外れてはいない。『CHEAT』が狙ったのは神誤の頭ではなく膝だった。身体を捻ることを想定し、膝が動く位置と軌道を計算して2発、的確に両膝を撃ち抜いた。


 跪く神誤。『CHEAT』との距離3メートル。構えは崩さない。「斬奴」と「刹奴」はまだ両手にある。


「ギャハハハハ、やるなあ!最高だぜ、お前!名前はなんていうんだ?」

「名乗るほどのものでもない」

「かっこつけんなよ、忍びも坊主もどうしてこうなんだろうな」


 スラッグ弾を込めながら『CHEAT』が続ける。


「ちょっとは教えてくれよ、お前、果心居士ってのと関係あるのか?」

「ない」

「だったら何故俺を狙うんだよ」

「お前に言う必要はない」

「そんな事いうなよ、俺と違ってお前は理由が必要なタイプなんだよなあ。うん、こういうのすぐわかっちまうんだよ」


 両者の脚から血が流れ続ける。


「ほら、俺って暴力が好きだからな〜んにも考えないわけさ。理屈いらねもんな。これって血なのかな、よくわかんねえや」


 『血』と聞いて微かに反応する神誤。


「でもお前は何か引きずっているよなあ。そうじゃないと俺をわざわざ殺しにくる意味がないじゃん」


 無言の神誤。


「なんかとんでもないこと、あったんじゃないのかよ、ええ?」

「お、女絡みの怨みじゃないの、き、きっと」


破麗流夜が口出しをする。


「き、きっと『CHEAT』に好きな女をやられっちゃったんだよ!キャハハハ!め、めちゃくちゃにね!そして助けることさえ、で、出来なかったんじゃない!そんな自分がな、情けなくてしょうがないって顔しているよぉ!キャハハハ!無能なヤツはどこまでいってもむ、無能なだけなのにね!愛も信頼もまったく無意味にしてしまう、じ、自分の無力が許せないんだろうねー!キャハハハ!」

「うるさい」


 神誤が口を開く。


「は、はあ?」


 聞き返す破麗流夜。


「うるさいんだ、お前は」


 背中に隠してあった小型の斧が宙を舞った。



ずさっ



 床には破麗流夜の左腕が落ちていた。


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