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第十三話

かはぁっ


 両者の喀血の音が竹林に響く。吐いた血へドが繁る緑の葉に深紅の華を描く。地べたにうずくまる二人。一体何が起こったというのか?西孤の関節技は完璧なはずだった。神誤に一分たりとの身動きも出来るはずはなかった。なのに何故西孤の身体があのように神誤の身体から弾き飛ばされたのか?


 孤異厨流奥義「肉裂弾」である。通常、人間の血液の流れと言うのは心臓から動脈を経て全身の器官に送られ、末梢部毛細血管から静脈を通り再び心臓に戻ってくる。「肉裂弾」は全身の「気」を心臓一点に一気に集中させることにより、この流れを一瞬にして逆流させ、同時にその血液を送り出す速度を通常の5倍にするものである。これにより、全身の筋肉が通常の10倍の筋収縮を発生させることが可能になり、筋肉の無限解放、すなわち己のMAXの筋力発散を20倍以上にすることができるようになる。


 理論を超えた「力」の前ではあらゆる法則が無意味なものになる。西孤のホールドはあまりにも完璧、故にその完璧さがかえってこのような状態を招きだす結果となった。密着していた身体にMAXで放たれた神誤の「殴」のエネルギーが放たれたのである。全身を直撃した究極の「殴」の力を持てば、即死してもおかしくはない状態であった。しかし微妙に身体に残っていた白寿切が神誤のMAXの力を少しだけ弱めていたことから、かろうじて一命を取りとめたのである。


 地面に血まみれの自分の顔を感じながら西孤は己を腹に手をあててみた。痛みでとぎれそうな意識の中で、それでも冷静に考えて見る。


 と、とんでもない技だね、これは。あばら、両肩、左上腕、大腿骨、全部イッタみたいだね?あ、あとは内臓がつぶされたかな。血へドが止まらないよ。


 しかし「肉裂弾」は相手だけにダメージを与える技ではなかった。血液を瞬時に、それも通常の5倍の速度で逆流させるのである。心臓、血管を始めとする内臓器官、限界を越える筋収縮を強制させられる筋肉にかかる負担は想像を絶するものであった。技を放った後の回復には絶対安静の状態で数日間を必要とする。なるほど、技を喰らった相手は確かに即死するであろう、しかし技を放った己自身も死にいたらない保証はない、文字通り「必殺」の技であった。


 神誤が倒れている。血で染まった身体を起こす力さえ残っていない。流れ出す血の赤さだけがあえて生きている証だというのか。ありとあらゆる身体中の穴から、その命の「証」が垂れ流される。尿道、肛門、鼻孔、外耳道、口腔、そして涙腺。目に見えるのは焼きつくように血で赤く染まった情景。血まみれで血だらけの西孤と神誤。二人の視線が一つに合わさった。それはまるで二匹の手負いの獣が最後の動きに全てをかけるその瞬間を予感させるようであった。



 呼吸するのさえままならぬ二人。その命はいつ尽きるともわからない状態であった。いや、尽きていたのかもしれない。尽きていてもおかしくは無かった。肉体の限界は既に越えている。失血量は互いに致死量をオーバー、筋肉や骨、内臓器官等の破損はあまりにも酷すぎて程度を確認することさえ無意味な作業といえるような状態であった。


 二人が生きていると確認できること、それは「眼光」であった。互いを確認し、そして睨み、そして見つめ合う。それは極限状態においても仲間の存在、そして無事を確かめ合おうとする孤異厨の忍びとしての本能、そして血のようなモノであったのかもしれない。しかし二人の間にはもはや忍びや血という関係さえ意味をもたない、何人にも説明のできない繋がりのようなモノが出来上がっている。


 言葉にはならない、言葉には出来ない、言葉にする必要もない、二人だけが分かち合える「何か」。


 喀血が続く。辺り一面に血の匂いがただよう。死神を呼び込む匂いだ。小刻みに震える神誤が西孤を見る。


 そんな眼でみないでおくれ、私が悪かったよ、こんなになっちゃうなんて自業自得だね、でもお前には何の罪もないのにね、でもどうして抱いてくれなかった―


「だ、だ、ゴボッ、ゴブッ、抱けるか、か、よぉ!!」


 西孤の意識を遮るが如く、神誤が声にならない渾身の叫び声を張り上げた。血が口から滴り落ちる。眼光の鋭さは変わらない、しかしそこには神誤が独りでいままで背負ってきた忍び、そして人としての哀が漆黒の瞳に映し出されていた。


 ああ、そうか、よかった、よかったよ、やっぱりお前は私と同じ気持ちだったんだね。


 血を流しながら西孤は心の中で神誤にこう語りかけた。


 卍様にお前を抱けと命令された時、私はできないと言ったんだよ。そりゃあ、理由なんていくらでもあるさ、でもその一つ一つを説明していったって、それがお前を抱けない理由を完璧に裏付けるものになんかなりはしないんだよ。


 変に男と女を意識していたくせに、いざとなったら抱けないなんておかしいよね。それも忍びの分際でさ。自分で自分の未熟さや弱さが情けなかった。でもそんな事はどうでもいい、私はお前の気持ちが1番知りたかったんだ。


「抱けるわけない」そうだよね、理由なんてどうでもいいんだ、抱けないよね、それでいいんだ。私だって「抱けない」から。抱きたいのかもしれない、でもね、「抱けない」んだ。ありがとうね、もうこれで充分だよ。お前に会えて本当によかったよ。


 神誤が息絶え絶えに小刀を取り出した。「斬奴」である。西孤は血まみれの笑顔。既に右手に神経は通っていない。かろうじて動く左手で同じく小刀を取り出した。「刹奴」であった。「斬奴」と「刹奴」。元は一刀の刃。西孤が持っていた刀工「天国」作といわれる小烏丸を孤異厨の里にいる刀鍛冶に頼んで二つにしてもらったものだ。その「斬奴」を神誤が生まれた時に強い男になるようにと西孤が渡したのである。


 言葉にはならない、言葉には出来ない、言葉にする必要もない、二人だけが分かち合える「何か」。二人の手に握られた「斬奴」と「刹奴」。


 黒い影が立っていた。地面にうずくまる神誤からは実像以上に巨大に見える影であった。西孤はまだその存在に気が付いていない。歩いてきた影が西孤の背中側に立ち止まる。その右手には全長1メートル近くある青龍偃月刀。三国志演義にて武将の関羽が愛用したと言われる大刀である。 そしてその右手から躊躇することもなく、青龍偃月刀が振り下ろされた。


 西孤の首が青龍偃月刀を握った卍の足元に転がり落ちた。


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