《騒ぎ》第十三回
その場に居合わす子分達から安堵のどよめきが起き、皆の険しい目つきが一斉に弛んだ。そして、徐に見た皆の視線が、一点へ集中した。
今迄いた猫の獅子童子の姿は消え失せ、一尺ばかり開いていた襖は、ピタリと閉じられていた。皆、何が起こったかが分からず、茫然と押し黙った。
「フン! 猫の野郎、闇に紛れて消えやがったか!」
政太郎が一人、息巻いて強がって見せた。そのひと言で、座には元の喧噪が戻った。
一方、すっかり酔いが回った五郎蔵は、部屋奥の寝床へ潜り込むと高鼾を掻き始めた。つい今し方まで酌をしていた囲い女のお紋は、漸く私の番だよ…と云わんばかりの独酌の茶碗酒で、鮎の塩焼きを肴にグビッ、グビリとやっている。そして、五郎蔵の高鼾が早くも消えたのに気づいて、
「おやまあ、寝つきのいい人だよ。もう寝ちまったのかい…」と、ぼやけて云いつつ、小さく笑った。だが、お紋は大部屋から消えた筈の獅子童子が五郎蔵の寝床の足元に、どっしり居座っていることには気づいていない。確かに、お紋が飲んでいる位置からは死角に近い位置だから、座っている猫に気づかないとも云えるし、酒も手伝って、視覚的に曖昧なのかも知れなかった。加えて、獅子童子はニャ~とも鳴かなかった。




