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《騒ぎ》第十回
「あっ! そうそう、そうでしたね…」
「先生なら、五郎蔵一家の三十人など、一人で瞬時に成敗なされるんでしょうが…」
「そのようなことは、なさらないと?」
「ええ…。前にも云いましたが、先生は神か、浮世離れした仙人の如きお方ですから…」
一馬は小笑いした。左馬介も、幻妙斎の人となりは、幾らか分かってきている。
堀川の道場から大よそ十五町ばかり行った所に鼯鼠の五郎蔵一家がある。因みに、道場から脇道を進み、物集街道に出た所にある千鳥屋までが十町、千鳥屋から同じ街道沿いの旅籠、三洲屋までが二町、そして、三洲屋から街道外れの五郎蔵一家までが三町あった。その五郎蔵一家では、五郎蔵が囲い女に酌をさせながら杯を傾けていた。
「へっ! 千鳥屋なんざ、一日二日もありゃ、畳めらあな…」
悪どい嗤いを浮かべ、五郎蔵が杯の酒を干す。囲い女はそれを見て、銚子の酒を杯へ注ぐ。




