《騒ぎ》第八回
千鳥屋の方が、屋号の千鳥が啼くのではなく、閑古鳥が啼く体たらくなのに比べれば、三洲屋は客の数も日増しに多くなって商売勘定も上々と見え、主の伊兵衛も上機嫌であった。当然、こうなるには、何やかやと裏で糸を引く鼯鼠の五郎蔵とその手下達が暗躍していることは、誰もが認める周知の事実となっていた。その五郎蔵が三洲屋の三町ばかり離れた所に居を構え、千鳥屋を叩き潰すべく虎視眈々と狙っている。手下を日々、交代で千鳥屋周辺に散らばらせ、特に夕刻ともなれば、露骨に宿泊客を三洲屋へと勧誘していた。それも、半ば脅迫めいた仕草を、ちらつかせての勧誘らしく、往来の宿泊客に有無を云わせぬ手荒さのようであった。そんな内容を長谷川は蟹谷に語る。
「…と、まあ、そんなことです」
「今夜、取り急ぎ先生にお伺いを立てるとしよう。いつ、何が起きても怪しくないからな…」
蟹谷は腕を組み、眼を閉じた。
その夜、堀川道場の裏手に流れる天野川に蛍の乱舞が見られた。勿論、夏場は絶えることなく、あちらこちらと少なからず飛び交う光景が見られたが、その夜は数年に一度の大乱舞で、辺り一面が真昼の明るさとなる程であった。




