《惜別》第三十六回
「ええ…。私の残月剣を何処かの地で見られることを楽しみにしておると…」
「お前は全国を行脚して、いっそう残月剣の太刀筋を磨け、ともお書きじゃ」
「はい…。それより道場の行く末は、長谷川さんが去られた後、樋口さんに任せると…」
「ああ…まあな。果たして俺のような者に務まるかどうか…」
「最後の先生のご下知ですから…」
「それはまあ、そうだ。やれるところまで、やるまでよ」
そう云い捨てると、樋口は自信のなさを振り払うかのように高らかに笑った。
三日後、左馬介は道場を去る旅立ちの支度に余念がなかった。本来ならば僅か三年ばかりでは、道場を中途退籍する者、ということになるのだが、左馬介の場合は、師である幻妙斎自らの特別な許しがある。これは偏に抜きん出た剣の才を幻妙斎が認めるとともに、皆伝の長刀兵法目録を授けたことを意味した。今迄、堀川の門下で左馬介のような傑出した人物はなく、奥伝、或いは中伝にて道場を去る者ばかりだったのである。季節は梅が匂う初春を迎えようとする頃で、暖かな陽射しに自然が息吹く兆しがあった。
惜別 完
≪残月剣-秘抄- 完≫




