《惜別》第三十三回
二年も前は恒例の梅見が代官所の招きで行われていたが、それも昨年から沙汰止みとなり、長谷川や鴨下、左馬介の三人にとっては何の楽しみもなくなり、興が削がれていた。代官所としても、過去に幻妙斎の恩顧を受けたとはいえ、高が三人の招待では趣向がない故か…と、思われたのだが、内情はそうではなかった。幕府から質素、倹約の触書が全国各地に発せられていたのである。世に云う享保の改革の始まりであった。樋口半太夫も代官として、当然のことながらその触書を受け取っていた。その次男坊である樋口静山は、当然そのことを察知していたが、それを堀川へ伝える必要もないから、己が胸、一つに納めている。だから、堀川の三人は全く触書のことを知らず、梅見が沙汰止みとなった訳は、現場衆が三人に減ったからだろう…と勝手に思い込んでいた。ただ、別棟に住まう客人身分の者達は、樋口のように影の存在となっていた。とい
うのも、道場の決めの一に、客人に上がった者は、決して現場の門弟(現場衆)と顔を合せてはならない…という一条が盛り込まれていたから、それが拡大解釈されるに及んだのである。無論、それは場内のみの話だ。そういうことで、長沼、塚田、山上の三人が如何なる暮らしをしているかを左馬介達は知らないし、逆に長沼達も同様である。




