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《惜別》第二十八回
「うん、まあな…。それはこちらが悪い。だがな、何もないのに行けぬからな」
「はあ、それもそうです」
「便りの無きが無事の知らせ…と申しますでな」
二人の話を黙って聞いていた与五郎が、急に合いの手を入れ口を挟んだ。
「おお…、上手いこと云ったぞ、与五郎」
樋口が、図星だ…と云わんばかりに褒めた。その後、本題から枝葉末節へと流れかけていた話を元へ戻し、「そんなことは、どうでもいいのだ。お前の用件だったな…。そうそう、先生のご様子だが、先生は先生だわ、やはりのう。ははは…。いつの間にやら風の噂よ…」と、判じ文のような意味不明な語りで終えた。左馬介には今一つ、よく分からない。
「風の噂とは…、はて、どういうことでしょう?」
「剣の達人と呼び名が高いお主のことだから、分かると思ったが…。他意はない。言葉通りよ。風に乗り、何処かへ消え失せられたわ」
そう云い終えると、樋口は高らかに一笑に付した。兎も角、幻妙斎に異変がなく、元気なようだ…と分かり、左馬介は、ひとまず安堵した。




