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《惜別》第二十四回
二人の玄関での遣り取りを遠目に窺っていた長谷川と鴨下は、首尾よくいったようだな…と、左馬介が銭を渡したのを見届け、互いに囁き合った。
権十が帰っていった後、長谷川と鴨下は、左馬介へ躙り寄った。
「上手く、いったようだな、左馬介」
「お蔭様で…。これで樋口さんとは、こちらからも連絡をつけられそうですね」
「そいつは、よかったですね」
長谷川に鴨下も続いた。こうして、幻妙斎の真新しい現況を唯一、知る樋口との出会いが可能となり、左馬介は、ひとまず、ほっとした。 次の日の昼過ぎ、左馬介は道場を出て、葛西宿へと向かった。権十の話からすれば酉の刻限には随分と余裕がある。そんな早く出る必要はなかったのだが、左馬介には少し、存念があった。いうのは、骨董の蓑屋の主に、樋口が小銭を稼ぐ目的を訊きたかったのだ。恐らく、主も詳細は知らないであろう。だが、どういった訳があるのか…という究極のところを知りたいと思ったのだ。僅かに一時ほどのこととはいえ、影番を務める多忙な樋口に、とても余裕の時などなかろうに…と、左馬介には思えたのである。




