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《惜別》第二十三回
左馬介は、ただ感心するばかりである。
「なあに…。それで、その一軒の主が云うには、何でも骨董の蓑屋さんの店番をしておいでで…ってことでごぜえやしてな…」
「ほう…骨董の蓑屋さんですか?」
「へい、さようで。その蓑屋で訊きやすと、ほんの一時ばかりのことらしいんでごぜえやすが、頼まれなすったとみえやす」
「幾らか、稼ぐ為なのでしょうか?」
「まあ、小遣銭ぐらいのもんでやしょうが…」
「して、その刻限は?」
「それなんでやすがね。決まって、くれ前の酉の刻なんでごぜえやすよ…」
「へい、余程の用向きがねえ以外は…」
「分かりました。いろいろ有難うございました。これは、ほんの些少ですが…」
そう云って、左馬介は権十に二朱銀の小粒を一枚、そっと手渡した。
「こんなに貰っちゃ…。そうでごぜえやすか? すまねえこって。また、遣って下せえやし…」
初めから懐へ納める積もりだったのだろうが、形ばかり断った後、権十は直ぐ巾着を胸元から取り出すと、ぞんざいに放り込んだ。




