《惜別》第六回
この迅速な太刀捌きは、やはり以前よりは鋭い冴えを放ち、もはや、 なに人をも近づけぬ凄味を見せていた。当然、そうした左馬介の一挙手一投足を、つぶさに見て取る幻妙斎が、そう思っていない筈もなかった。
「見事じゃ…」
ひと言、そう告げた幻妙斎の声は、やはり幾らか弱めに思えた。左馬介も幻妙斎に今、見事と云わせたほどの者である。師の微かな弱りを見逃す訳がない。瞬間、変化を、つぶさに感じ取っていた。しかし、幻妙斎は未だ崩れ落ちるほど衰弱している訳ではない。万が一、そうだとしても、達人であり神の如き存在の幻妙斎が、左馬介の前に倒れる自らの姿を晒す訳がなかった。左馬介もそのようなことは必然として、よく分かっている。また、気遣ったならば、ふたたび窘められるのが目に見えていた。それ故、左馬介は跪き、師の言葉に対して深く頭を垂れるに留めた。
「…近う参れ」と、幻妙斎は傍らへ左馬介を手招きした。左馬介は云われるまま、ふたたび床へと上がった。
話は少し戻るが、『見事じゃ…』と幻妙斎が告げた折りには、既に左馬介が握る村雨丸は居合いの如く鞘へと納められていたから、幻妙斎に対して頭を垂れた時点では、事前と変わらぬ左馬介の外観なのだった。




