《惜別》第四回
左馬介は心を落ち着かせねば…と、深呼吸を一つし、両の瞼を静かに閉ざした。幻妙斎は布団に上半身を起こしたまま、じっと左馬介の所作を見ている。残月剣の構えを描く前に行う所作が今迄とは違うのだ。即ち、長谷川や鴨下に頼んで稽古を行った時、打ち込まれた竹刀を避けるべく身体を前転させた所作から入るのである。要は、刺客に襲われた時にも対応し得る残月剣の構えが描ける緊急避難的な技を加味したのだ。その為に、地面が柔らかい位置に左馬介は立っていた。そして今は、両の瞼を閉ざしているのだった。幻妙斎は寸分も動かず、左馬介の姿を噛りつくような眼差しで見ていた。その見らている左馬介は、相変わらず両の瞼を閉ざしている。一点に全神経を集中しているのだ。左馬介の脳裡には、正に長谷
川と鴨下が打ち込もうと円状に周囲を回っている稽古場での映像が浮かんでいた。無論、実際の外景は庭であり、足場は床板ではなく冷えた地面の土だった。幸いにも風は微かに戦ぐほどで、寒さは
余りなかった。外気が昼に向かって暖かさを増したこともある。今日の左馬介は竹刀を携えてはいない。腰に差し領の大小二刀を備え、形を描く積もりで来ていた。
風が一瞬、たじろいだ。左馬介は間髪置かず、前方へと一回転した。即ち、幻妙斎が見る部屋の方へ近づいたのだ。




