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《残月剣④》第二十四回
いい気分で風呂場を出ようとすると、入れ違いに鴨下が着替えを持って入ってきた。
「温まりましたか?」
柔和な笑顔でひと言、鴨下は云った。別に沸かした礼を云って貰いたくて発した言葉でないことは、左馬介が一番、よく知っている。
「いや、本当のところ、助かりました。山で身体が冷えておりましたので…」
「山? ああ、妙義山へ行っておられたので…。それならば、当然です。それで?」
なかなか話の切り出し方が上手い鴨下である。言葉に尖りがなく、ゆったり要点を突く語り口調なのだ。剣の道では決して遅れをとらない左馬介だが、喉元へ切っ先を突きつけられるような鴨下の言葉に、完全に参った。
「まあ、何とか新しい稽古場が見つかりました」
「ほお…、それは、よかったですね」
「はい…」
興味がないように見せて、上手く訊き出す鴨下の術は凄腕としか云いようがない。左馬介は、話さずともいいことを口走っていた。




