《残月剣④》第二十三回
「では、お言葉に甘え、先に入らせて戴きます」
そう云うと同時に立ち上がり、左馬介は風呂場へと消えた。よく考えれば、身体に疲れはないが、山地にいたこともあり、凍りつくほど全身が冷えているのだ。そこへ、気疲れがあるのだから、今日の風呂は大いに助かる。それにしても鴨下の機転のよさには、毎度のことながら驚かされる左馬介だった。夜寒の風が渡り廊下を流れていた。
風呂は頃合いの湯加減で、左馬介は人心地ついた。そうは云っても、ただ単に湯を堪能していた訳でないことは当然である。明日、山へ入った時に持参する物や、入った後の稽古の方法などについて、左馬介は、あれこれ考えていた。結わえる縄や竹刀など、必要最小限のもの、それと、木切れを縄に吊るした後に予定している反動を利用した稽古法の構想、加えて、熊笹へ分け入った場合に、果して昨日の場へ出られるか…といった雑念などだった。括った布切れもあるから、十中、八、九は問題なかろう…とは思えるのだが、これだけは、左馬介が実際に動いてみなければ分からない。兎も角、そうした雑念も含めて、あれこれ思案しながら左馬介は湯に浸っていた。




