《残月剣④》第十七回
妙義山ならば、以前の山駆けの折にも、木切れを吊るして稽古をしたことがある左馬介だった。以前の場所という訳ではないにしろ、必ず見つかりそうな気が左馬介はした。兎も角、明朝には妙義山へ出向くことにしようと左馬介は思った。幻妙斎は千鳥屋に逗留しているから妙義山にはいないのだが、今回は、幻妙斎に稽古をつけて貰う訳ではないから、取り分け支障がない左馬介なのだ。
次の日の早暁、左馬介は道場を出て妙義山へと向かった。起床してからの行動は、幻妙斎が籠る洞窟へ通っていた時に繰り返した経緯があるから、左馬介にとっては手慣れている。やはり、あの時と同じように竹の皮に握り飯を二ヶ、それに沢庵の数切れを加えて風呂敷に包んだものを斜に肩から結わえ、竹筒を一本、腰に括って出た左馬介である。果して、一日で首尾よく手頃な二本の木立ちが見つかるだろうか…という想いで左馬介は妙義山への道を急いでいた。まだ夜は明けきってはいなかった。全ては、季節を除いて、あの時と同じである。洞窟への道は知っているし、山駆けをして妙義山一帯の地形にも明るい左馬介だから、心理的な圧迫感に苛まれることは全くない。山麓から細く続く山道へ入ると、少し左馬介の歩く速さは落ちた。




