《残月剣④》第十一回
「それで、立腹した浪人が、刀を抜いて無礼者! か」
「権十は刀を抜かれて肝を冷やした」
「それで、ここへ走り込んだのか?」
「まあ、そのようです」
左馬介も、何があったかの大まかな荒筋は掴めた。しかし、左馬介にすれば、その話は残月剣の剣筋を確固たるものに高めることとは、無関係なのである。幻妙斎に云われた安定した剣筋にまで向上させることこそが、今の左馬介の使命なのである。枝葉に流れてはならないのである。更には、末節に至るならば、何の意味もない。左馬介は聞かなかったことにしよう…と、二人の話に割って入らなかった。鴨下も、左馬介が話に加わらないから、幾ら熱弁をふるっても無駄だと思え、長谷川が突っ込まなくなったことを丁度、いい機会と、話すことをやめた。左馬介の剣は、二人を頼らなければ完成しないだろう。だが本来、剣の道とは孤独なものなのである。妙義山中で幻妙斎に云われた山駆けをしながら、木枝に吊るした木切れを打ち叩いている過去の自分の姿が、ふと、左馬介の脳裡を過った。その刹那、閃きがあった。あの時は、一本の木切れを打ち叩いていたのだ。それを前後に二本にすればどうだろう…と、左馬介は巡った。




