《残月剣④》第十回
左馬介が身体を井戸の冷水で拭き終え、小ざっぱりした気分で厨房入ると、人心地ついたのか、長谷川と鴨下が。すっかり寛いだ表情で話をしていた。それも偉く賑やかで、二人とも笑っている。
「権十は、いつもながら怖いもの知らずで、物怖じしない奴だ…」
「まったくです。その浪人に斬られても仕方ないでしょうに…。ようもまあ、無事に来れたものです」
左馬介が黙って聞いていると、どうも百姓の権十が道場へ寄ったようだ。それも、何かあったとみえ、ほうほうの態で道場へ走り込んだのだと、その時の状況を鴨下が語る。左馬介が入ってきたから、もう一度、話を繰り返しているようなところがある。その証拠に、鴨下は時折り、チラッと、左馬介を窺う。聞いていない態で、左馬介は水で絞った手拭いで顔を拭く。鴨下は知ってか知らずか、話を詳しく語る。
「どうも、その御浪人が道を訊かれた頃合いが悪かったようです。権十も急いている訳でもなかったから、詳しくお教えすればよかった…と、申しておりました」
「それはそうだ。高が、ここへ野菜を持ってくるだけだからな。急ぐ必要がない…」
「ええ。それが、いい加減に御浪人を、あしらったものだから、怒らせてしまったのでしょう」




