《残月剣④》第八回
そして、振り下ろされた時点では、既に体は鴨下側へ向きを変えて立て直され、中段に構えられていた。正眼に構えを整える迄の俊敏さも、前回よりいっそう速さを増したようであった。鴨下が動いたことに驚いたのは、左馬介よりも、むしろ長谷川である。長谷川も、当然ながら打ち込む機会を狙っていたから、予想外の鴨下の打ち込みは、機先を制された感が否めない。だから、その後、体勢を立て直すまでの左馬介に打ち掛かればよかったのだが、師範代の面子がそれを許さなかった。鴨下に続いての二の太刀は、なんとも格好が悪い、と長谷川は躊躇したのだ。そうはいっても、打ち込まないという訳にもいかず、結局はひとまず引いて、ふたたび床へ座すのを待ち、次の攻めに掛かる腹を括った。
左馬介に動揺は一切、見られなかった。やはりそれは、長い修行の成果であると云わざるを得ない。鴨下などは、打ち下ろした竹刀が床を叩いたことで、左馬介の腕を改めて知らされた格好であり、ただ茫然と立ち尽くしている。長谷川の方は、そこまで不様ではないものの、それでも、もはや勝ち目がないことを認めた伏し目がちの面相で立っていた。左馬介は、ふたたび床板へと座し、静かに竹刀を左脇へと置く。その時、鴨下が突然、低姿勢な言葉を吐いた。




