《残月剣③》第三十一回
「おお…そのことか。儂も歳ゆえなあ。ははは…樋口も、かつての儂の姿が残っておるのであろう。この獅子童子と同じで、すっかり老いてしもうたからのう」
そう云い終え、幻妙斎は何とも優雅な含み笑いをした。心配をかけまいと、身体の不調を隠してのことなのか、将又、幻妙斎が今、話した通り、単に年齢によるものだけなのか…、その辺りの真が掴めない左馬介であった。しかし、流石にそう思うのだが…とは云えはしない。師の言動に疑念を抱くことに他ならず、更には、師を信じられぬと、諸に云うようなものだからだ。幻妙斎に合わせて笑ってはみせたものの、次の話に行き詰る左馬介であった。それもその筈で、左馬介が幻妙斎と茶を飲みながら長話をしたことなど、かつてなかったのだ。ふたたび静寂が訪れようとしていた。その時である。障子戸の向うで声がした。左馬介には聞き覚えがあった。
「喜平でございます。お開けして宜しゅうございましょうか?」
「おお…主か。構わんが…」
「ほん今、鰻政の鰻が届き、お運び致しました」
「そうか…。どうじゃ、左馬介。そなたも食していかぬか?」
「いえ、私は食べて参りましたので…」




