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《残月剣③》第三十回
「はいっ! 畏まってございます」
そう返事すると、素早く番頭は退去した。
「左馬介、それにしても、久しいのう。…まあ、足を崩し、楽に致せ」
幻妙斎は、ゆったりとした口調で云った。いつの間に現れたのか、獅子童子が幻妙斎の傍らに寄って、のっそりとその大きな巨体を座布団の上に横たえた。
「ところで、その後の残月剣は如何じゃ。少しは得心出来るまでになったかのう」
幻妙斎は、流石に的を得て要点を突く。
「は、はい。只今、長谷川さんや鴨下さんにお願いして、様々と試みておるところです」
「左様か…。盤石となる日を待っておるぞ」
ただただ、頭を下げる左馬介であった。なんといっても、疾風の如き人なのである。いや、人と呼ぶより、やはり神仏…と、考えねばなるまいと、左馬介には思える。幾度も眼の前から忽然と姿を消した現実を直視している左馬介だから、そう考えるというのも無理からぬ話であった。
「して、先生のお加減は?」
少しの会話があったことで、左馬介は訊ねたかったことが切り出し易くなっていた。




