《残月剣③》第二十八回
「はは~ん。どうせ、静山あたりが漏らしたのであろう。いや、あ奴しか、おらぬからなあ」
そう云うと、幻妙斎は声高に笑った。よく見れば、洞窟に座していた折りの師より、幾らか元気そうに左馬介には感じられた。
「お元気ならば、いいのです。しかしながら、それならば、何ゆえ、千鳥屋に宿泊されておるのですか?」
「ああ、それは静山のお父上、半太夫殿の計らいの故じゃ。静山とのこともあり、懇願されれば、無碍に断りも出来まいが…」
「はあ、それは、そうでしょう」
左馬介にも粗方、話の概要は掴めてきた。要は、樋口が左馬介と幻妙斎を一度、目通りさせたい策を弄したことに違いない…と思えたのだ。確かに幻妙斎は高齢ゆえ、いつ不測の事態が起ころうと不思議ではない。事実、そう悪くはないにしろ、左馬介が入門した頃に比べれば、幾分かの衰えはあるのだろう。だが、霞飛びで時折り、千鳥屋から消えていなくなると云う樋口の話からすれば、それも微々たるものに違いないのだ。そうであるなら、考えられることは一つ、やはり樋口が策したに違いない…と結論づけられるのであった。
「左馬介、せっかく寄ったのだから、まあ、ゆっくりと話の一つも、して参れ」




