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《残月剣③》第二十七回
店の番頭が茶を淹れて左馬介の前へ置く。
「すぐ、旦那様はお戻りになると存じます…」
ひと言だけ云うと、それ以上は何も話そうとはせず、番頭は立ち去った。
喜平が店に戻ったのは暮れ泥む夕刻であった。何が、いったい、すぐだっ!と、左馬介は番頭の物云いに幾らか腹立たしかったが、それも仕方がないか…と我慢した。兎に角、喜平に幻妙斎との仲介をして貰わないと、尋常に会えそうにないのだ。やっと会えた喜平に、そのことを左馬介が云うと、「いや、それが…。先生は誰も通すではない」と申されましたと一蹴した。そう喜平に云われては、左馬介も返す言葉がなかった。しかし上手くしたもので、幻妙斎が部屋の外へ、その姿を見せた。
「先生!!」と、左馬介は、思わず叫んでいた。
「おお…、左馬介ではないか、如何した?」
「いえ、どうということでは、ないのですが…」
左馬介は、幻妙斎の余りの元気さに、少し調子が狂った。この師の様子を見る限り、樋口の一報は、全くの作り話に思える。
「さる御方から、先生のお加減が優れぬと、お聞きしましたものですから…」




