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《残月剣③》第二十六回

 堂所では、長谷川と鴨下が沢庵を齧りながら握り飯を頬張っていた。無言のまま指をさされた方向を見ると、左馬介の分も、ちゃんと準備されていた。左馬介は黙って腰を下ろした。昼餉を挟んで、また長谷川や鴨下に稽古を頼むことも出来るが、どうしても、というほどの逼迫感はない。その上、手前味噌の申し出で稽古を頼むのだから、自分勝手の感は否めない。眼前に置かれた握り飯を頬張った後は、思いきって先生を訪ねてみようか…とも考える左馬介であった。長谷川と鴨下は、そんな左馬介の思惑など知らぬげに、握り飯にかぶりついていた。

 左馬介は二人に黙って道場を出た。千鳥屋へ着くと、(あるじ)の喜平は所用があり、葛西代官所の樋口半太夫とともに出払っていた。恐らく二階か離れの間に幻妙斎がいるに違いないのだ。直ぐにでも目通りしたい左馬介であった。だが、樋口静山に他言無用と釘を刺されている以上、何らかの事情があると思われ、直接は部屋を(おとな)えない。落ちついて考えれば、千鳥屋に幻妙斎が宿泊しており、それを伝えに来たのが樋口半太夫の次男坊の静山である。そして、主の喜平と半太夫が知己なのかは別としても、少なからず縁があって出払っている。左馬介は世間は広いようで狭いのだ、と思えた。そう思わないと、余りの偶然に、いささか気味が悪い。

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