《残月剣③》第二十回
ただ、十、二十度と申し合いを重ねれば、いくら不出来の鴨下でも一度は打ち込んでこようから、果して二人の竹刀を受けきれるかは未知数であった。だが、取り敢えずは続けるしか手立てはないと、左馬介は心の冷静さを保とうとした。その後、三、四度と繰り返される打ち込みと受けは、全てが長谷川と左馬介によるもので、鴨下は打ち込まない。というより、打ち込めないのが真意なのである。『気軽に打ち込んで戴いて構いませんよ…』と、左馬介に云われたのだが、どうも気軽に打ち込めない鴨下であった。この男、どうも武芸者には不向きだ…と、長谷川が語る迄もなく、何ゆえ堀川へ入門したのか? とまで誰もが疑える不出来な腕なのであった。それも、入門してから一年は経過してのことなのだから、完璧に駄目にのである。ところが、鷹揚な性格の鴨下は、そうと迄は考えていなかったし、深刻にも受け止めていなかった。或る意味、それが長谷川と左馬介にとって救いといえば救いだ、と云えた。
十度目の申し合いが終った頃、鴨下に少し動きが生じてきた。ほんの僅かだが、打ち込む素振りを見せたのである。左馬介には微かな音で、その動きが察知出来る。だが、未だ積極的に打ち込もう…という動きではなかった。それは、微細な足運びの感覚で判断し得る。長谷川が打ち込む前の瞬間の動きとは、明らかに違う。




