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《残月剣③》第十七回
鴨葱、鴨葱と云うな! と、鴨下は怒らない。
「はい…。私も、実のところ、予想外です」
「そうだろうなあ…」
長谷川は、云い終えると、ふたたび高らかに笑った。
次の日から、二人を相手にした左馬介の受け稽古が始まった。正座した姿勢で相手に応じる以上、二人同時に突かれては流石に左馬介の俊敏さをもってしても払い斬るのは至難の技に思えた。無論、これは長谷川と鴨下の思慮であり、左馬介自身は出来ないかも知れないが、出来る、いや、出来ねばならん…との思慮を持っていた。
いつもの長谷川と鴨下の稽古が終わる迄、左馬介は片隅に座して待っていた。半時ばかりで二人は稽古を終えた。いつもは一時ほどもするのだが、意識的に短く切り上げたということになる。鴨下の掛かる声が途絶えると、左馬介は閉じていた両眼を静かに開けた。この姿は、幻妙斎が座す姿に似通っていたが、そのことは長谷川、鴨下、そして当の本人である左馬介も全く気づいてはいない。それは、自ずと積み重ねられた修行の成果が身体に宿ったものに他ならなかった。
左馬介が座り、面防具をつけると、稽古が開始された。




