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《残月剣③》第十回
分からない以上は訊ねるしかない。左馬介は二人に声を投げ掛けた。二人は驚いて話を止め、左馬介を見た。
「いやあ…、樋口さんが、この前、道場に寄られた時の話だ。生憎、お前は、いなかった」
左馬介は、石縄を曳いていた時の自分を、ふと思い出した。腕を鍛えていた時だから、十日乃至半月以上は前だ。樋口のことは捨ておけない左馬介である。なにせ、幻妙斎の影番なのだから、妙義山中のことは大概、訊けば分かるのだ。その樋口が訪って、他の客人に何か云っていたらしい。ところが左馬介は、樋口が客人身分の者達に話した内容を全く知らなかった。
「で、どういう話だったのですか?」
「それよ。俺達も、お前は知っておると思っていたからな、声を掛けなかったのだが…」
少し長谷川の声が曇ったように左馬介は感じた。しかし、そのようなことは過去に幾度となくあったので、そうは深く気に留めぬ左馬介であった。
「詳しいことは、俺が話すより、樋口さんかに直接、訊いた方がいいと思うがな…」




