《残月剣③》第六回
先程のつまらない躊躇が、嘘のようであった。ただ、左馬介の反応も当然のように素早く、長谷川が動かして打ち込んだ右首筋への竹刀は、無情にも空を斬っていた。先程と同じく、左馬介の身体は飛んで一回転し、もはや長谷川の竹刀の届かぬ所にあった。しかも、スクッと立ち上がった左馬介は、既に構えつつあった。そして、次の瞬間、中段に構え終わった左馬介は、竹刀を引いて下ろした。
「望み通りにいったたようです。次を、お願いします」
「よしっ! 心得た」
長谷川も、要領が摑めてきたと見え、少し乗ってきた。左馬介は、また最初の位置へ戻って床に座した。その後は同じ繰り返しとなった。というのも、長谷川が突きや打ち込んだ竹刀を、ことごとく左馬介が返したからである。左馬介が一本でも取られていれば、当然ながら同じ繰り返しとはならず、動作は中断した訳だ。それだけ左馬介の受け完璧だったといえる。十数本の受けが続いた頃、長谷川が吐息を荒げて音をあげ感心した。
「悪いがな…、少し休ませて貰う。ふぅ~、疲れたわ。左馬介、お主は盤石だぞ…」
「私も暫く休みましょう。汗が尋常ではありませんので…」
そう云うと、左馬介は面防具をゆったりと外した。




