《残月剣②》第三十三回
左馬介は面防具を着けているから、横や後方は全く視界が閉ざされ、見えない。無論、左馬介は、そうしたことに委細構わず、の心境なのである。その証拠に、左馬介は両眼を閉ざしていた。そして右手は右太 股の上へ置き、左手は床に置いた竹刀を軽く握りしめた姿勢で、静かに長谷川の動きを窺っていた。微かな長谷川の呼吸音、歩く時に生じる微細な空気の流れ、さらには殺気をも感じ取ろうと、身を凝らしているのだった。高みの見物の鴨下は、稽古場の片隅に陣取って、固唾を飲みつつ二人の様子を見守る。いつ長谷川が打ち込んだとしても不思議ではない。恰もそれは、刺客や敵に不意を襲われる場合と酷似している。勿論、左馬介はそうした状況にも対応出来る残月剣の捌きを完成させたかったのである。通常に対峙した場合の捌きは、既に完成していた。一方、長谷川にも堀川の師範代としての意地がある。そう容易く打ち返されては面子が立たないのだ。だから、最も効果がある瞬間をひたすら狙いながら左馬介の周囲を歩き回っていた。左馬介は左馬介で長谷川の竹刀が動くよりも早く、素早い俊敏さで右下に置かれた竹刀を手にし、さらにはその竹刀で長谷川が打ち込んだ竹刀を打ち払わねばならないのだった。状況は正に逼迫の度合いを増し、最高潮に達していた。
残月剣② 完




