《残月剣②》第三十二回
「ああ、お前が床に座っているところへ、俺が打ち込めばいいんだったな、確か」
「そうです。横、後ろ、斜め、どこからでも結構ですから…」
そう云うと左馬介は座して、面防具を着け始めた。長谷川も準備し始めた。竹刀を数度振り、目を閉ざして立ち、そして静かに床へ座した。昨日、話をして左馬介から概要は聞いているから、そうは心騒ぎする訳ではない。これが今朝の話であれば、恐らく動揺していたに違いないのだ。長谷川は、そう思っていた。片や、鴨下はどうなのかと云えば、ただ茫然と二人の様子を観ているに過ぎない。昨日、長谷川の小部屋へ行き、少しは話を聞きはしたが、具体的に細かな内容迄は訊かなかったのだ。というか、長谷川は多くは語らなかった。聞いたのは、左馬介が稽古相手になって貰いたいと云っていた…というだけの内容に過ぎなかった。だから今朝は、ただ観るに留めているのである。加えて考えれば、たとえ稽古相手を頼まれたとしても、鴨下の方が困ったに違いないのだ。剣の技量不足に関しては、誰よりも自分のことを分かっている鴨下であった。
面防具を着けた左馬介が静かに座っている。その周囲を取り囲むように、長谷川が隙を狙いつつ静かに回り歩く。それも、足裏に神経を集中させ、物音を立てない回りようなのだ。




