《残月剣①》第二十四回
昼前になった。鴨下は握った握り飯を籠に入れて井戸に吊るして おいたのを、ふたたび上げた。当然、臭わない。加えて、充分に冷えているから口当たりも最高で、沢庵の数切れもあれば御の字といえた。というか、夏の今には最適だった。これは今、始まった訳ではなく、古くから堀川の賄い方として続いている方法なのである。昼の膳は囲まないから、各自が思い思いの所で握り飯を頬張っては沢庵を齧る。とはいっても、三人ともお互いに見える位置に座していた。頬張りながら、スクッと立ち上がった長谷川が鴨下に近づいて何やら話を始めた。左馬介が座す位置から二人の姿は見えるが、話の内容までは聞こえない。
「そうか…、左馬介がなあ。水無月の娘のことを樋口さんにか。ははは…、左馬介がな」
長谷川は賑やかに笑った。離れている左馬介には話の内容は全く分からないが、賑やかに笑っている姿は垣間見えたから、大方、世間話でもしているのだろう…と思えた。まさか、自分のことを話し合っているなどとは思えない左馬介である。樋口が幻妙斎の容態のことで来たなどと、二人が知る由もない。その後、昼稽古が暫く続いたが、遂に樋口のことは、お互いに語られず終いだった。
急に暑気が遠退いたのは、それから五日ばかり後のことであった。




