《残月剣①》第二十三回
鴨下も少し遠慮したのか、それ以上は訊かなかった。長谷川が小脇に西瓜を抱えて入ってきたのは、その時である。
「おいっ! 権十の奴が久々に来おったぞ。これは余りの手土産らしい。今年は出来がよかったそうで、結構な儲けだったそうよ」
「そうですか、権十が…」
鴨下はひと言、そう云った。西瓜を一端、厨房へ置いた長谷川は、括る縄を取りに小屋へと行った。井戸へ吊るすのだろう…とは、堀川の者なら誰もが分かることで、事実、左馬介も鴨下も、そう思った。長谷川の行動は二人が予想した通りで、縄を持って現れた長谷川は厨房へと左馬介達の前を素通りし、西瓜を縄で括ると、ふたたび井戸の方へと消えた。夏場でも水温が数度という低温の深井戸である。こうして、一乃至二時も冷やしておけば、歯に沁みるような西瓜を頬張ることが出来るのだ。過去にもそういったことは何度もあったし、夏場は汁鍋や飯釜などは何でも吊るされるのだった。それを二人は知っているから、取り分けて驚くこともない。朝餉の片づけも終わり、昼稽古まで鴨下は書物を読み、勉学に勤しむ。元来、学問が好きなのだ。『あの男は寺子屋で子供相手に読み書きを教えた方が様になるのではないか?』と漏らしていた大男の神代伊織の顔が、ふと浮かぶ左馬介であった。




