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《残月剣①》第十回
左馬介はどうするか…と思案の挙句、今宵はまず出食わさないだろうから、明日、二人が起き出す前に道場を出ようと心に決めた。よく考えれば、妙義山へ通っていた頃は、そうしていたのだ。別に妙だ…と思われることでもない。
次の日の早暁、左馬介は厨房で糒を布袋に少量、入れると、竹筒一本を腰に結んだ。そして背に木椀等の入った軽荷を襷掛けにして身につけると、暗いうちに道場の通用門を出た。時は明け六ツ前である。以前、梅雨時に持参した握り飯は、晩夏とはいえ猛暑の今は流石に足が心配されたから、糒にしたのだ。
通い慣れた妙義山への道中は、左馬介にとって久々に心浮かれた。新たな技が完成した故であることは申す迄もない。日の出は季節の加減からか以前よりは早かった。妙義山への道中の半ば辺りである。だが、道そのものは変わる筈もなく、いつもの歩みで左馬介は妙義山を目指した。
麓へと至り、随所で折れ曲がった山道を登っていく。暫くすると、見慣れた洞窟前へと着いた。やがて去ろうとする晩夏を押し留めるかのように、蝉しぐれが賑やかに左馬介の両耳を捉えていた。




