《残月剣①》第四回
睡魔に襲われるのは己の未熟さゆえなのだ。ならば、如何にすればいいのか…。人である以上、眠らぬ訳にはいかない。安全に眠るには、見つからぬように隠れて眠るか、或いは侵入を未然に防いで眠る以外にはないのだ。だが、この二つの方法に頼るならば、何ら普通人と変わるところがないのである。とても、堀川の皆伝を授けられようとする者の所業とは思えないのである。左馬介は益々、困惑していった。恰も底無し沼に両足を取られた感が否めない。この時、ふと幻妙斎の顔が脳裡に過った。天空より救いの手を差し伸べる崇高な神仏のようにも思えた。その微かな笑みを湛えた顔は直ちに失せたが、不思議にも左馬介の焦りにも似た困惑の心は、同時に消え去っていた。師の見えざる救いの手のようにも思えた。心の乱れは剣の乱れを呼ぶ。それを起こさぬことが、まず剣技を極める第一歩なのである。左馬介は、危うく、この第一歩を忘れるところであった。相手の剣を知る智、相手の立場に立って物事が考えられる仁、更には、その二つが解せた時点で勇気を持って打ち込める勇が兼ね備わって剣は成るのである。剣技を編み出すには、まず、この基本中の基本が会得されていなければならない。左馬介は、幻妙斎によって妙義山で試練を与えられ、会得した技は兎も角として、こうした基本を遂うっかりするところであった。




